「Don't worry,I'm in with you,all the time.」
もうそんなになるのね。気付けば最後に日記を書いてから、ものすごい時間が経過してしまっていたことに、驚愕。どうしても、どうしても書けなかった。このページを立ち上げてキーボードに指を置き文字と対峙する、そんな単純なことが出来なかった。自分の心の深いところ、フタしたいところをべりっとめくり上げてわざわざこねくりまわすような残酷な遊びが出来る程の余裕は恥ずかしいほどなかった。微塵もだ。若い頃は違った、どんなに辛いこともいつかネタにしてやろうと思ってた、それだけ貪欲だったのだろう、人生に。まるで飢えた野良犬みたいなモンで、目の前に出されたネタは何でも美味しく喰い尽くす覚悟も度胸もあった。エネルギーの塊だった、燃えていたと自分でも思う。臨戦態勢って言うのかね。何がこんなにも退化してしまったんだろう。どうして戦うことを忘れてしまったのだろう否、諦めてしまったのだろうね。あんなにもギラギラと暑苦しく生きていた自分を少し、羨ましく思う。若いな、ともね。でもこうも思う。こうして乗り越えて来なければ、私はなにも見えなかった。ただ威勢よく吠えているだけでは美しいものも幸せも、なにも。諦めて、手放して、でもしがみついて、もっかい諦めて、放棄して、脱力して、もうなにも自分の人生にはあたたかいことのひとつももたらされないんだと投げていた。生きることは消費すること、こうして死ぬまで連綿と続く時間を消費するしかないんだと諦観していた、するしかなかった。だけど転機は必ず、必ずやってくる。こんな私にだってやってきたんだから、誰にでもやって来る。ただ、少し価値観をスライドすれば、誰の道にも救いはあって、そう、あの地獄の煮えたぎる窯に垂らされた金の糸のような神々しいものが、必ず。人の物語はその人の中にしか生きない。行き交う渋谷のスクランブルですれ違う何百もの人々、その膨大な背景すら感じられない。だからこうしてひとりごとをしたためたところで真実のほんとうの芯のところには響いてはいかないんだろう。それは自分で見つけるしかないんだ。だから誰に伝えるでもなく、私は私が生きたことをなんとなく、記憶しておきたい。記録しておきたい。あの日から、ここまで運ばれてしまった大きな潮流を。最後の日記から春が2回過ぎて、2回目の夏が来ようとしている。私はあの日から2回目の引っ越しをして、今はなんと横浜に住んでいる。ずっと住んでみたかった街、横浜。大好きな横浜。窓を開けたら川が見える。雨が近い日はかすかに海の香りがする。高速道路の高架が見えて、時折トラックがごうん、と低い音を響かせて走り去る。桜のころは、この川面に上流からたくさんの花びらが運ばれてきて、まるで水玉模様の見本市のようだった。朝窓を開けてそれを見るのが楽しみだった。私は今その部屋で、好きな人と暮らしている。この恋がはじまったのは去年の12月だから、それはスピーディーな展開だったと思う。ものすごく消耗した前の恋を終えて、私はもうもぬけの殻だった。疲れ果てていた。仕事と恋とが複雑に入り混じったあのOさんとの恋愛は恋愛ですらなく、私は結局遊ばれて棄てられたようなものだ。都合良く振り回されて、振り回されるから余計に執着して、の悪いスパイラルにどっぷりとはまっていたしょうもない関係がきっぱりと終わったのは、去年の8月くらいだっただろうか。それから数カ月後に今の恋人と出会っているから、こうして時系列で見ればたいしたダメージはないようにも思えるが、実際にはその何カ月も前から、泥沼のように重苦しい関係が続いていた。破綻していたのはもっと前からだった。その間に私はどんどん自分を責めて責めて責め抜いてしまった。どんだけ自分を追い込んでも満ち足りることはなく、そんなどうしようもない関係すら継続できない自分に嫌気がさして、すっかり生きる気力を無くしてしまっていた。彼との馴れ初め、それはまた別のお話として、そんな病みきった私を当初彼はものすごく持て余したのだという。なにかにつけ物事と自分を卑下し、深入りする前に彼を断ち切ろうとする私はもちろん傷つくのがもう怖かったし、これ以上ややこしいことを人生に増やしたくなかった。彼と始まった当時の私は収入も十二分だったし、もうひとりでの一生をカクゴしていたから。それは孤独だったけれども優しかった。誰も私を傷つける人はいない世界に、その寂しい物語の住人になればひとりでひっそりと生きて行くことは案外甘い誘惑だった。だけど彼はそんな私の手を引いて、本当に引いて何度も言った、「どうした?なんでそんなになっちゃったんだよ?大丈夫だよ!ちゃんと見ろよ」あの雪の日、今年東京にたくさんたくさん降った雪が街中の交通を停めてしまった日、まだ付き合い始めたばかりの私たちはディズニーランドに行ったのだった。彼の提案だった。ディズニーランド!そんな陽の当たる場所へ恋人と手をつないで行ける日が自分の人生にやってくるなんて、絶対にあり得ないと思っていたことに驚いて、私はとても幸せで奇妙な浮遊感の中にいた。地に足が着かないとはああいうことだ。駅に着いたときはまだ雪も降っていなくて、ただべらぼうに寒くて、私たちはしっかりと寄り添って互いを支えるようにして園内を歩いた。時たまピザを食べたりコーヒーを飲んだりして身体を温めながら、あまりの寒さにひともまばらな園内をただひたすら歩いてどんどん乗り物に乗っていった。寒さで顔が凍ってろれつが回らなくなっても幸せだった。彼のエスコートは完璧だった。こんなに幸せなことってない、罰が当たってしまうと怖かった。途中冷たい雨が降り出して、彼が傘を買ってずっと私に差しかけてくれていた。自分の肩はもう冷たい水滴で変色しているのに、いくら押し戻してもそのディズニーランドのダサいロゴが入った傘のアーチはいつも私の上にかぶせられていた。いつも私の歩調に合わせ、私の乗りたいものを最短距離で探し、キスもハグも忘れなかった。彼のハンカチは私の髪を拭ってすぐにびちょびちょになった。だから、さらに園内から人が消えても私たちはまだデートを終えたくなかった。パレードが中止になっても、だ。そのまま凍えた身体を赤坂の韓国料理屋で温めに行って、ブデチゲを思いっきり食べてマッコリでふあんと酔って外に出たら、もう一面真っ白だった。大粒の雪が次から次へと街を埋めていたのだった。穢れを祓う雪、喧騒を吸い取って。あまりに完璧な一日に私はとうとう本当に悲しくなって、悲しくなって哀しくなってどうしようもなくなって、ついに泣きだしてしまった。どうしよう、こんなにも優しくされてこんなにももう好きになって、でもどうせまた別離がやってくると思ったらそのあまりの辛さにもう身が千切れてしまいそうだ、だからもう2度とあなたには会いたくない、このまま2度と逢わない。駅まで一緒に行って、それからもうお互いの家に帰ろう、そしてそのまま携帯の番号もここで今すぐ消去して、と。そのとき彼が言った、「Don't worry,I'm in with you,all the time.」熊みたいなひげ面で、精一杯の笑顔で。そんな陳腐なことを、そんなありきたりの台詞を。god、その時の赤坂を、三軒茶屋を私は一生忘れない。あの雪を、あのブーツにまで沁み込んだ水の冷たさを。そしてその記憶と約束を、金色の記憶を約束を。その時に決めたのだ、新しい煩わしさに飛び込んでいく甘い不自由を私は選んだ。