最後の紫煙はサマータイムの永い夕刻に溶けた
最近すごく、眠い。寝てる時間は長いはずなんだけど、眠りにつく時間がヘンテコだからかもしれない。疲れもとれなきゃ、あんなにほぐしてもらってるはずの腰痛もひどい。ま、それ、ほぐしてもらった分だけ激しく愛し合っちゃってるから、結果プラマイゼロになってるってだけなんだけど♪それにしても、疲れが取れない。自由業のあたしは毎日ベッドに入る時間も起きる時間もバラバラ。そんな生活を大学時代から続けてはや何年?・・・コレ計算したら「トシとったわー、あたし」なんてことじゃなく、「一体あたしゃ何年根なし草生活続けりゃ気が済むねん?!」ってとこにヘコみそうだからスルーするけど、とにかくずっと、ヤクザな生活に甘んじているのである。人間やっぱ、規則性は大事ね。社会にまったく適合しないまんまにオトナになっちゃったあたしは、きっと一生この不調を抱えていくんだろう。それはきっと自由を手に入れた対価だ。・・・とはいえ。あたしだって不調は改善したい。だって辛いの自分だもん。この不調を往年の桃井かおりみたくアンニュイな魅力に昇華させるほどの度量持ってりゃハナシは別だけどさ、年中セレブな艶テラコッタ肌を維持するサーファーさくらにとって、不健康は邪魔以外ナニモノでもないんである。禁煙したのは3か月前。それまではきっちり10年間、そばにメンソールを切らしたことはなかった。だってさ、煙草って背徳の味じゃない。カラダに悪いって知ってるからこそおいしい禁断の果実でしょ。それに、アノ加護ちゃんじゃないけど、カッコイイ女優さんとか、それこそ桃井かおりとかさ、紅い口紅で細い煙草をくゆらせるのって、ちょっと憧れちゃうじゃない。悪いものが美しく見えるってこと、あるでしょ。きっかけはそんな感じだったかな。だけど普段から直情的なあたし、手を出すときも唐突だったがやめる時も唐突だった。ヨーロッパ出張のとき、成田にてシルバーのリモワを転がしながら、なんとなーく、「やめるか」と思いついたんである。その足で薬局に行き、二コレットを購入。いつもカートン買いする免税店をしゃら~っと通り過ぎてルフトハンザに搭乗したのだった。鞄に入っていた残りの煙草はあと3本。フランクフルト空港で長ーいフライトを終えた到着の一服(ってかなりクラクラ来ません?)、そしてホテルにチェックイン・・・するはずがなぜか予約が取れてない!!何回聞いても愛想の悪い田舎者ホテルマン(ひどいね)はクビを横に振るばかり。ええ?!ナンデ?!焦るさくら。ひとりドイツでパニック!!海外の個人旅行じゃこのテのことはよく起こる。それはわかっているものの、焦らずにいられない。だって今夜は満室で一部屋も用意できません、って言うんだもん。おそらく周辺ホテルもすべて満室のはず。一体今夜どこに寝ろっていうのよ?!溜息まじりで現地で合流するはずのスタッフに電話するも、「確かにさくらさんの名前で予約しました、多分メールのやりとりの勘違いでしょう。がんばって交渉してください」と冷たくあしらわれる。・・・なんなのよ!!やってやろうじゃないのよ!!ここで気合いを入れるため&平常心を取り戻すため、ホテルの外に出て一服した。残るは1本。果敢に挑んだ交渉の末、ひとり極東からやってきたベビーフェイスのヤマトナデシコに同情したのか、フロント係が溜息混じりに「わかった、19時にもう一回おいで。そのときに今予約をしているお客が来なければ、部屋を君にあげる」と言うではないか。「OK,I'll be back」シュワちゃん並に精一杯シブイ顔こさえてホテルを一旦あとにするさくら。でもホントは不安でいっぱいだった。今夜部屋がなかったら、一緒に寝てくれる人はどのスタッフなんだろう・・・どいつもこいつもイヤだな・・・この期に及んでより好みである。アタリマエだ。あたしももうオトナ、雑魚寝なんてできるかい!思いついて、駅前の教会に足を向けた。困ったときの神頼み・・・じゃないけど、現地でのラックは現地の守り神にお願いするのがイイと思ったの。荘厳な扉を押す・・・が開かない。地元のカップルが裏側にある入口を教えてくれた。そこではちょうど、夕刻のミサが行われていた。高い高い天井、美しいステンドグラス。パイプオルガンの沁み入るような音色。人々の、決して上手ではない賛美歌。席の下には、使い込まれてぼろぼろの聖書が置かれていた。そのとき、そこで連綿と続いてきた、そしてこれからも続いていくであろう信仰の歴史の時間軸を観た気がして、涙がこぼれてしまった。そしてそのとき、唐突に「大丈夫、ちゃんと部屋は用意されてる」って確信したんだよね。19時、ホテルに戻ると「おめでとう、君のだよ」とあの無愛想だったフロント係が、笑顔であたしに鍵を差し出した。やっぱり、とそれでもそこでやっとあたしは安心して、なんだか何かをやりおおせた気分で、あたしは最後の1本に火をつけたのだった。それをゆっくり味わってから、もう一回教会に行って、扉の前に感謝の気持ちのユーロコインを置いた。ドイツの小さな街、コブレンツ。うっとりと暮れゆくサマータイム。あたしの煙草ライフはそこで幕を下ろしたのだった。