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カテゴリ:神社
■御祭神 藤原忠重 藤原忠重は平安中期の人物。 付近は当時藤原氏の荘園だったが、沼や池が多い土地だったそうです。 その一の沢という大きな沼に大蛇がいて、村人を困らせていたので この地に春日神を勧請して願をかけ、その大蛇を退治することにしたとか。 そして忠重は矢で大蛇を射ぬいて退治したが、自身も大蛇の毒で死んでしまったそうです。 そのため村人は領主の生和兵庫介藤原忠重を、春日神の横に祀ったのが この生和神社の始まりだと伝えられています。 今でも大蛇退治にちなんで、藁で作ったジャナワを弓で射る「御弓神事」が行われています。 「ジャナワ」というのは、湖東特有の勧請縄と呼ばれる注連縄のようなものです。 生和神社の近くにもあったのですが、撮影を失念してしまいました。
この勧請縄は安土町の奥石神社参道のものです。 奥石神社あたりでは「マジャラコ」と呼ぶのだそうです。 村の入口や神社境内に見られ、 注連縄や鳥居同様境界・結界を表わすもののようです。
鎮守の杜は外から見ると古墳のような感じがしました。 近くには古墳群があるので、ここにも古墳があるのかも知れません。
本殿および末社・春日神社は重要文化財の指定を受けています。 春日神社とか藤原氏というと、朱塗りのイメージですが ここは質実剛健といった感じの造りになっています。 生和神社本殿は南北朝時代、春日社は鎌倉に建てられたものと言われ 時代を反映しているのかも知れません(勝手な想像です)。
セピア調に加工したのには、特に意味はありません。 すごく無理な体勢の撮影となったため、露出補正等をする余裕がなく 白とびがぶさいくなので、こういう形にしてみました。
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