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西日本d@ Re:ものの見事に、こけた、こけた!(03/22) ご連絡ありがとうございました。 今では指…
はるさん@ Re:ものの見事に、こけた、こけた!(03/22) 「こけた」そうですがその後膝はいかがで…
まあちゃん9541@ Re:ものの見事に、こけた、こけた!(03/22) elsa.さんへ。。。 いや~、参りました。…
まあちゃん9541@ さっちゃん9さんへ。。。 こんにちは~ ありがとうございます。お…
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elsa.@ Re:ものの見事に、こけた、こけた!(03/22) こけた後が大変ですね。 痛みや歪みが身…
まあちゃん9541@ Re[1]:ものの見事に、こけた、こけた!(03/22) 志津ママさん > 私もよくこけるので他人…
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2004.12.25
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 高校時代一緒にコーラスで頑張っていた人が、今日は『第九』の合唱団員としてステージに上がるということを聞いて、私には初めてのことだったので思わず、行く!という返事をしていたそのコンサートが今日だった。
 私自身も、何回かは『第九』を歌ったことがあるけれど、実際に、同じ高校でコーラスをやっていた人のステージを観るのはこれが初めての機会。勿論彼女にとっては初めてのステージではないけれど。歌い続けて来られたというのもまた凄いことだと思う。
 『第九』は勿論ドイツ語での歌になるけれど、初めて歌う人にはとても感動を呼ぶし、何回歌っても、そのとき、そのときの感動はまるで違うと私は思う。だから、一回、一回の演奏会は大事に歌いたいと思う。
 一回歌えば、それで『第九』を完璧に歌いこなせた。と満足される方もいらっしゃるに違いないこともわからないでもないけれど、私は一回歌っただけでは余りにも物足りない気がする。一回、一回新しい発見があると信じている。
 指揮は飯守泰次郎、関西フィルハーモニー管弦楽団によるものだった。確か、飯守氏は一度淡路島でもタクトを振ったと記憶しているけれど、どうだったかなぁ?この淡路島でも『第九』の演奏会は4回行われている筈だから。。。確かに記憶しているのは松尾葉子氏。
 さて、加古川での彼女はソプラノを担当していた。一番高い音はBだったかな?アルトはもう少し低い音だったと思うけれど、私には精一杯だったのに、ソプラノのパートを卒なくこなせるところが凄いと思う。ソプラノの面々はわずか32名。これにも驚かされた。それにしても見事なハーモニィーを奏でていて、淡路島から足を運んだ甲斐があったというもの。
 実は、毎年は堺フロイデ合唱団の『第九』を聴いているけれど、今年は、10月に2004秋の演奏会として『スターバト・マーテル』に取り組むということで、ドヴォルジャーク没後100年の今年、見事に団員たちの念願が叶った形となり、夏の演奏会、年末の『第九』演奏会はお休みだったので、どこかで『第九』を聴きたいと思っていた矢先に、彼女から誘いがあって、思わず乗ってしまったという次第。
 私が生まれて初めて『第九』演奏会を耳にしたのは、レコードでもCDでもない、生の堺フロイデ合唱団の演奏会だった。何に感激したといって、実は第三楽章が始まる前に勢揃いした合唱団員の微動だにしないことに驚いた。こんな素晴らしい合唱団を率いていらっしゃる人は一体。。。?と興味を持たずにはいられなかった。演奏そのものは初めて聴く音楽だったこともあり、ソプラノの高い声に驚いたことぐらいしか記憶に残っていないけど、あのステージに勢揃いした合唱団員の皆さんの姿に、本当に感激させられたものだった。
 音楽を聴きに行っているのに、何と不埒なこと。ということになるけれど、初めて聴く演奏会というのはえてしてこんなところかも知れない。
 実際、今日の演奏会などでも、客席に座った人は、チケットを買った団員の人がステージ上に居るかどうかにのみ関心を示している風だった。実際、あちこちで、「居る、居る」「あそこ、あそこ」の声が聞こえて来たのだから。こんな光景は夏に、大阪ドームで行われた『3000人の吹奏楽』での客席でも同様だったことをつい思い出してしまった。いかにも、音楽を聴くのではなく、自分の知っている人がステージに居るかどうかが問題、みたいな。これは本当に聴きたいと思って客席に座っている人にとっては迷惑至極。でも、所詮アマチュアの合唱団なんだから、仕方が無いのかな?だからこそ、二回、三回と足を運んで耳を鍛えて欲しいなぁ。と。歌う方だって、一回きりで終るのではなく、やはり、二回、三回とステージに立って欲しい。 


 最後に、糟谷尚子さんによる、曲目紹介を述べさせていただきます。
 『ベートーヴェンは、1770年、ドイツ・ボンに生まれ、1827年に没するまで、9つの交響曲を作曲されました。「第九」は、生涯最後の交響曲であり、彼が亡くなる3年前の1824年に作られた作品です。
 ドイツで生まれ育ちながらも、隣国のフランス革命に強い感銘を受けたベートーヴェンは、若い頃目にしたシラーの詩に基づいて作曲したいと考えていました。
 フランス革命によって獲得された人権宣言には「人間は生まれながらにして自由であり、権利において平等である。国家の主権は人民にある。」とあり、革命前夜の1785年に描かれたシラーの詩「歓喜に寄す」は、今まさに起こらんとする革命の息吹を孕んだ内容でした。
 ベートーヴェンが住むウィーンでは、革命の影響を恐れた皇帝が、改革を進める人々を次々と弾圧して行きました。貴族や政治を批判していたベートーヴェンは圧制と貧窮、持病に苦しみながらも、自分を励ますように美しい芸術を生み続け、ともすれば醜くなろうとする精神を高くあり続けようと奮い立たせていました。
 ベートーヴェンが初めてシラーの詩を目にしてから実に30余年もの歳月を掛けて創られた「第九」は、高くあろうとする精神が昇華された音楽と言えましょう。
 彼は「第九」に“求めよ、神を!……奇しき力に結ばれ、全ての隔たりを超え、確かな力に結ばれ兄弟となる”と言う詞を入れ、人を思いやり、全ての命を平等に敬うことを忘れなければ、必ずや真に平和な世界が訪れると謳っています。
 180年も前にベートーヴェンが創った「第九」を、今に生きる私たちは今生きている音楽として奏で、聴きます。それは、懐古ではなく、単に音楽の歴史を紐解くと言うことでもなく、ベートーヴェンが「第九」に託した想いそのものが、今も求めるべき世界観であると言うことではないでしょうか。
 来年で、終戦から60年になります。戦争の記憶が風化してゆく中、新たな戦争が始まり、再び悲劇が繰り返されています。
 一人ひとりの心の中に平和を求める火が点けば、例えそれが小さな火でも、やがて大きな光になり、世の中を照らします。もう、戦火や悪意の炎に照らされる世の中はいりません。澄んだ、明るい、温かい火が「第九」を通して皆さんの心に灯ることを願って止みません。   糟谷尚子』


 『第九』というのが、ただ単に歓びを表した歌ではないということ、平和ということこそを一番に伝えたかった歌だということが少しでもお分かりいただけましたら嬉しいです。
世の中が平和だからこそ、それが歓びなんだ!と私は理解していますが、皆さんはいかがでしょうか? 






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Last updated  2004.12.26 02:13:15
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