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2017.12.04
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カテゴリ:シナリオ



神社の境内の片隅に、黄葉した大イチョウの大木が数本並んでいます。その枝下
の地面はイチョウ葉が覆う黄色い絨毯、そこにいつ誰が置いたのか、一対の白い
椅子が並んでいます。変哲もないただの鋳物の古い椅子のようですが・・・・・

 <老人の独り言>

 老人は一昨日の大手術のあと、眠り続ける奥さんの様態が心配でなりません。今
日はこれか
ら病院へ面会に行くのですが、その前に神社に手を合わせようとやっ
てきました。老人は季
節の移ろいを楽しむ風流人ですが、この秋は奥さんの体調
不良そして突然の入院、続けて大
手術という事態になり、とても秋の紅葉を楽し
む気分にはなれませんでした。
老人はうつむき加減にトボトボと境内に入って来ましたが、大イチョウの前で突
然目に飛
び込んできた真っ黄色な色彩感覚に驚き、思わず頭を上下左右に振りま
した。老人がたたず
んでいると、その体が黄葉の大イチョウの葉に彩られた絵画
の中に、飛び込んだような不思
議な感覚が包み始めました。

 老人:この大イチョウは今年も見事に黄葉したんだな。おやっ、白い椅子がある。
   ここに来た時にはなかったと思ったけどな・・・。黄色の空間の中に白い
   椅子か、かなりこの場所にハマってるね。誰が置いてくれたのかわからな
   いけれど、座らせてもらうことにしよう。

「よいしょっと」、なんだか絵画や映画の中のシーンに迷い込んだ感覚だ
 な。
こりゃ~いいや、なんだか胸がときめいてきたぞ。
 こんな場面で気の利いた会話が家内とできたらいいんだがなぁ・・・。


老人は白い椅子に座ると、改めて上下左右に目を移し、自分が黄葉に包まれた立
体空間の中にいることを確かめ、大きく深呼吸して、初めてこの秋の感覚をその
身に吸い込ませました。
 
老人:あれ、なんだか変だな。空いている椅子に家内の姿が、少しずつはっきり
   と見えてき
たぞ。やっぱり、ヤス子だ。どうなっているんだ。

ヤス子:あら、あなた。私はどうしてここにいるのかしら。こうして外に出たの
  は久しぶりだからとても嬉しいわ。あら、ここはいつもの散歩道の神社
  ね。今年もこの大イチョウは素敵に黄葉しているんだ。ここで、あなた
  と並んで座っているなんて素敵じゃない。

老人:おい、ヤス子。何でそこにいるのだ?まさか、お前、死出の挨拶のために
 ここへ現れたのではないだろうな。

ヤス子:私にもよくわからないけど、誰かに背中を押されて、ここへ来たような
  気がするわ。それにしても、この黄葉の大イチョウと白い椅子の組み合
  わせはとてもロマンティックだわね。こんな景色を見せられたら、とて
  もじゃないけど死ぬわけにはいかないわよ。

老人:それを聞いて安心したよ。死出の挨拶じゃないんだな。お医者さんから、
 昨日の夜が峠だと聞かされていたから、心配でたまらなかったんだ。面会
 時間になったら必ず行くからな。頑張れよ。

ヤス子:大丈夫。死んだりしないわ。私、すっかりこの場所の風情が気に入った
  わ。退院したらここに連れてきてね。私、絶対に頑張るからね。

老人:隣の椅子に手術をしたばかりの君が現れて、「この景色が気に入ったから、
 私、頑張るわよ」なんて聞かされるとは思わなかったな。だけどうれしい
 ね。

ヤス子:ゆっくりしたいけど、往診の時間が近いの。もう病院へ戻らなくちゃい
  けないようなの。面会時間が来たら、必ず来てよ。必ず笑顔で迎えてあ
  げるからね。

老人:分かった。あれ、家内が消えた。不思議だな~。この白い椅子には何かが
 あるのかな。何だかこれから面会に行くのが楽しみになってきた。笑顔で
 病院へ行けるなんて話は聞いたことがないな。今日はお賽銭を大奮発する
 ことにしよう。家内が退院できる頃にはこの黄葉は終わっているだろうか
 ら、来年のお楽しみになるな。
 
大イチョウさん、そして不思議な白い椅子さん、ありがとう。
 
老人は座っていた椅子から立ち上がり、ハンカチで椅子を拭いて立ち去っていき
ました。

幸せを運んでくれる白い椅子、次に座るのは誰でしょう。





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最終更新日  2017.12.04 08:01:20
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