ギリシャは破産を回避できるか ナチの占領時代まで
ギリシャは破産を回避できるか!? ナチの占領時代まで遡る「ドイツ嫌い」と、「大国の都合」への決死の抵抗2015年06月05日(金) 川口マーン惠美・現代ビジネス川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」ギリシャ人とドイツ人の関係が険悪な理由「ギリシャ人って、ドイツ人のことが本当に嫌いみたい」と、周りにいるドイツ人がよく言う。ドイツには、多くのギリシャ人、あるいは、ギリシャ系の人が住んでいる。彼らの心中は、おそらく複雑なのだろう。「旅行でギリシャに行くと、皆、すごく親切なんだけどねえ」と、そんな彼らにドイツ人は少し当惑気味だ。ギリシャ経済が破たんして以来、さまざまな救済措置が施されており、EUやIMFがつぎ込んだ援助額はすでに莫大だ。そして、それを仕切っているのがドイツで、援助の条件としてギリシャに過酷な緊縮財政を強いている。ところが、そのお金のほとんどはギリシャ人の手には渡らず、債権者である外国の銀行に還元されているらしい。これでは、ギリシャ経済ではなく、外国の銀行の救済だ。そうするうちにギリシャ人は職を失い、貧乏のどん底に落ち込んでしまった。当然のことながら、目下のところギリシャ国民はドイツに感謝はしていない。しかし、自分たちの貴重な血税をギリシャ人のために差し伸べていると信じているドイツ国民は、これだけ援助しているのにギリシャ人は感謝もしないと腹を立てている。そこで腹いせに、「怠惰だ」とか「腐敗だ」といってギリシャ人を責めるが、まあ、これも当然のリアクションか。そんなわけで、ギリシャ人とドイツ人の関係は、現在、たいへん険悪だ。ただ、ギリシャ人のドイツ嫌いは、実は、今に始まったことでない。それは戦時中のナチによる占領時代にまでさかのぼる。当時、ナチスドイツの厄災はヨーロッパ中に及んだが、ギリシャはその中でも、一番苦しんだ国の一つだ。フランスのようにあっという間に降伏して、ナチの傀儡政権を建てた国とは違い、ギリシャ人は最後の最後まで抵抗を止めなかった。そして、それが仇になった。1940年、まだ元気の良かったイタリアのムッソリーニが、ギリシャに降伏を迫った。それに対してギリシャの将軍が返した電報はたった一言「ochi」。ノーである。怒ったイタリア軍は大軍を率いてギリシャに攻め込んだ。ところがイタリアは、兵力では勝っていたのに、勇猛なギリシャ軍に敵わず、あっという間にアルバニアとの国境まで押し戻されてしまう。呆れかえったヒトラーは、仕方なく援軍を差し向けた。ドイツ軍もギリシャ軍には手を焼く。それでもようやく蹴散らして、そのあとは、特別過酷な占領政策を敷いた。ナチに逆らうとどうなるか、世界に見せつけるためである。それでも、ギリシャのパルチザンの抵抗は止まず、ナチのやり方はますます過酷を極めた。ドイツ兵が一人殺されたら、その報復として10人のギリシャ人が殺された。30もの村が全滅した。橋も建物も破壊された。こんな小さな国なのに、物的損害は、ポーランド、ソ連、ユーゴスラビアに次ぐ規模だったそうだ。結局、1941年~44年までの占領時代、婦女も含めてなんと全人口の7.8%が犠牲になった。もちろん経済が壊滅状態となったことはいうまでもない。「ドイツの戦時賠償は真摯に行われた」というのは正しくないところが、その貧困にあえぐギリシャから、ドイツは、戦争が終わったら返してやるといって、5,000億ドラクマを巻き上げた(強制融資)。もちろん、返済は戦後、空手形となった。これだけ揃っているのだから、ギリシャのドイツに対する恨みは、間違いなく相当なものだ。1960年に一度だけ、ドイツは1億1,500万ドイツマルクをギリシャ国家に支払っているが、これはホロコーストの犠牲者への補償であり、戦時賠償でも、強制借款の返済でもない。しかも、ギリシャ近代史のハインツ・リヒター教授(ドイツ人)によれば、そのお金さえ、どこかに蒸発してしまい、ギリシャのホロコーストの犠牲者に渡っていないという。ギリシャの政治家が山分けしてしまったのかもしれない。日本には、ドイツの戦時賠償は真摯に行われたと信じている人が多いが、それはまったく正しくない。ドイツは、第二次世界大戦で他国に与えた被害についての賠償はほとんどしていない。戦時賠償というのは、講和条約を結んで決めるものだが、ドイツは戦後、東西に分かれてしまったので、そもそも講和条約が結ばれなかったからだ。分断されている限り、東ドイツと西ドイツのどちらも、自分たちがヒトラーの第三帝国の後継であると認める必要がなかった。厳密に言えば、東ドイツも、西ドイツも、完全な主権を持った独立国ではなかったのである。そこで戦時賠償については、統一ドイツ国として講和条約を結ぶまで棚上げすることになった。その時点では、まさか東西の分断が40年にもわたるとは、誰も想像もしていなかった。ただ、ソ連、アメリカ、フランス、イギリスだけは、正式な講和条約の締結を待たず、終戦と同時にドイツの在外資産を押収したばかりでなく、それぞれの占領統治地域から、膨大な量の資源、農産物、産業施設、工業製品、美術品などを持ち去り、勝手に賠償とした。各種の研究、特許権などもかすめ取った。そして、これら列強は、1940年代の終わり、それ以上の戦時賠償を放棄した。しかし、他の多くの国々は、何ももらえないまま、講和条約の締結を待つことになった。一方、1956年には連邦補償法というのができて、人種、信仰、政治的信条などによるナチの迫害の犠牲者への補償が決められた(上記のギリシャの受け取った補償もこれに当たる)。ニュルンベルクの軍事裁判で「人道に対する犯罪」と呼ばれた犯罪――ホロコースト、あるいは、ジェノサイド――に対する補償であった。ただし、これは正式な国交のあった国だけになされたもので、東欧ブロックの国々はホロコーストの被害が甚大であったにもかかわらず除外されている。1989年、ベルリンの壁がなくなり、90年、念願の統一が叶う。ようやく戦時補償が交渉のデスクに乗るかと思われた。ところが、このとき結ばれたのは講和条約ではなく、2+4条約(ドイツ最終規定条約)というものだった。2は東西2つのドイツ、そして4はアメリカ、ソ連、イギリス、フランスの4ヵ国。2+4条約は、従来の停戦協定、あるいは、講和条約の代わりとされ、これによりドイツの再統一と完全な主権回復が確認された。ポーランドとの間の領土問題も解決を見た。しかし、戦時賠償には触れないことになった。こうして、ドイツの戦時賠償は永久に消えたのだった。ギリシャは、それ以降、ずっとドイツに賠償を請求してきたが、ドイツは、解決済みとして相手にしない。そのギリシャが今、財政破たんで、こともあろうにドイツに首根っこを押さえられている。どうしても承服できない気持ちは痛いほどわかる。ただ、ドイツにしてみれば、ギリシャに戦時賠償を払ったりすれば、後に続こうとする国が60ヵ国ぐらいは出てくるだろうから、絶対に支払うわけにはいかない。すべては"解決済み"なのである。そこでギリシャは考えた。ギリシャには、前述の、ナチに貸し出したままの5,000億ドラクマがある。現在、利息も含め、ギリシャが返済を要求できる金額として、2,787億ユーロが算出された。これは戦時賠償ではないので、取り立てが可能かもしれない! ドイツの副首相兼経済エネルギー大臣のガブリエル氏はギリシャのその動きを、「EUから受ける援助の話と、戦時中の借金の話をごちゃまぜにするのはバカげている」と突っ放したが、ごちゃまぜにしているだろうか? 時期が重なってはいるが、これは別件ではないか? ギリシャ人は、ガブリエル大臣の「バカげている」という言質にこだわり、とても腹を立てている。結局はお金のある国のお情けを待つしかない今、EUで起こっていることを見ていると、お金を握っている者が世界を支配するという冷徹な鉄則があぶり出しになってくる。EUを支配している国々は、保守が政権を握っている国もあれば、リベラルが政権を握っている国もある。しかし、どちらも陰に日向に、「大国の都合」を守っている。「大国の都合」とは、「お金を握っている人たちの都合」だ。そして、「お金を握っている人たちの都合」によれば、ギリシャはまだ破産してはいけないらしい。EUの援助を受け入れるため、さらに金融引き締めを行い、国有資産の民営化を進めますと約束すべきなのだ。そして、その暁には、ギリシャ財政健全化の掛け声の下で、儲かりそうなセクターは、すべて外国資本の手に落ちていくのだろう。今、チプラス首相と、ヴァロファキス財相は、それに対して必死の抵抗を試みている。民営化も金融引き締めもこれ以上はしないし、借金は棒引きしてほしいというのが彼らの主張。もちろん、欧州中央銀行は首を縦に振らないが、今のところギリシャは、同国の破産で困るはずの外国の金融機関を人質にしたような格好だ。EUや債権者にしてみれば、言語道断。借りたものは返さなければならないので、常識でいえばギリシャ側に道理はないが、彼らは皆、不公平感に苛まれており、まったく違った理屈で辻褄を合わせているのだから、合意はむずかしい。ただ、ギリシャがどんなに頑張っても、最終的には「お金を握っている人たち」に負けるだろう。貧乏というのは悲しい。すでに今、EUはギリシャを一方的に悪者にし、大手メディアも現在のところ、それに追随している。ギリシャが言い分を通すには、結局はお金のある国のお情けを待つしかないのが現実だ。それをしなければ国は破産し、国民を新たな苦難が襲う。話が飛躍するが、これを見ていると、北朝鮮が、国民が飢えているのに、核兵器を開発したのは、こういう惨めな状態に陥らないために講じた善後策だったのだろうと思う。核さえなければ悪い冗談のような国が、現実としてはアジアの危険となりつつある。ロイターによると、中国の核専門家は、北朝鮮がすでに核弾頭20個を保有していると推計しているそうだ。しかも、来年までにそれを倍増するのに十分な濃縮ウラン製造能力を備えている可能性があるとか。日本は、すっぽりと射程域内に入っているのだから、安心して寝てもいられないではないか。こちらの脅しに比べれば、ギリシャの脅しなどかわいいものだ。日本人は相変わらず呑気だ。さて、話をギリシャに戻すと、今のところ彼らはまだ白旗をかざさず、目前に迫ったギリシャの破産を回避するために、EU首脳や欧州中央銀行やIMFのボスたちが懸命に知恵をしぼるという、とても奇妙な状況になっている。ギリシャの運命は、まもなく決する。ギリシャ人の決死の抵抗が、第二次世界大戦の時のように、再び仇にならなければよいのだが・・・。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43603