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2006.08.30
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5日目(後半の後半)

オイラがウフル・ピーク(頂上地点)に居たのはほんの5分くらいだったはずだ。

このような素晴らしい景色をいくらでも堪能したい気持ちはやまやまであった。
しかし、オイラは登頂のためにほぼ全精力を使い果たした上、低体温症で身体が冷え切り、ガタガタと震えていた。本能的に「一刻も早く高度の低いところに降りないと、取り返しがつかないことになる」という判断が働いたのである。

ガイドのジョセフに「I think I am ready to get down. (もう降りようと思う)」と言うと、凍りついた表情でガタガタと震えているオイラを見たジョセフが「You better get down. (こりゃ、もう降りたほうがいい)」と言ったのを覚えている。

ところで、かつての日記に書いたかもしれないが、ジョセフに聞いたところ「ガイド」という職業はいちおう国家試験のようなものがあって免許制になっているらしく、規定のキリマンジャロ登山の回数をこなした上で試験に通らないと勝手にガイドはできない。登山者の健康状態の管理もガイドの責任範囲に含まれており、ガイドが「この登山者はこれ以上先に登るのは危険だ」と判断すれば、登山者はガイドの判断に従い登頂を断念しなければならない。
なんせ、高山病の状態が悪化すると、脳軟化症だので死ぬこともあるのである。

ウフル・ピークへの登攀時にオイラがひそかに恐れていたのは、ジョセフがオイラの状態を「これ以上は危険」と判断し下山を宣告することであった。オイラは頂上登攀の後半は意識が混濁していたし、とくに最後の2時間くらいはもうへたばる寸前までいっていたからである。

ただ、後でジョセフに聞いたところ、オイラの状態は下山を宣告するにはまだまだ程遠いレベルだったらしい。
ジョセフはこれまでに何度か登山者に「下山宣告」をしたことがあったそうだが、それらのケースでは登山者は自分がキリマンジャロにいることさえ失念するくらい深刻な状態にあったそうだ。オイラなんか、ジョセフが登攀中に我々の体調を確認するたびに、どんなにグロッギー状態でも不敵な笑顔を浮かべていちおう意味の通じる返答をしていたので、彼は「ぜんぜん大丈夫」と判断されていたらしい。

それでも、オイラは主観的には本当にフラフラであった。疲労と酸欠と低体温症がごっちゃになっているので簡単に比較はできないのだが、これまで12回くらい完走したフルマラソンでいちばんつらかった記憶(足の故障をおして出走し、ほとんど氷点下に近い中をランシャツ1枚で走った2003年のトロント国際マラソンとか)よりも倍くらいはツラかったように思う。

下山路では、まだ頂上の興奮が冷めやらず、これからウフル・ピークを目指そうとする登山者とすれ違うたび「You are almost there!(もう少しだ!)」とか「It’s the most beautiful thing I’ve ever seen! (あんな美しいものは今まで見たことない!)」とか言って励ますような煽るような言葉を投げ掛けていた。しかし、傾斜が急になり足元が砂礫に変わる地点になると、すれ違う登山者もいなくなり、緊張と興奮の糸が切れて腑抜けの状態になった。

富士山に須走ルートというのがあるが、この下山ルートは、傾斜といい砂礫を踏んだ感覚といいちょうどあんな感じであった。オイラは、ここを降りながら、身体のバランスが維持できなくなっていた。足を下ろすたびに急傾斜の砂礫に足をとられ転びそうになるのである。
オイラは急傾斜を降りるまで、フラフラなオイラの様子を見かねたジョセフに片腕を掴んで支えてもらうハメになった。

それにしても、下山路からの眺望も素晴らしかった。下山するのが惜しくなるくらいであった。夜間の登攀だったので夜明けになるまで何も見えなかったわけだが、登攀が昼間であったなら、素晴らしい眺望にかなり励まされたのではないか。…しかしあとでフィリップが言うには、これが昼間の登攀であったなら、いかに傾斜が急で先が長いかが見えてしまっただろうし、自分は挫折してしまったかも知れない…とのことであった。それも一理あると思った。

太陽が高くなり、日差しが強くなったものの、オイラの身体は冷えたままであった。これだけ身体を動かし直射日光を浴びているのに、ぜんぜん身体が温まらないのである。
オイラの身体が冷え切っていた原因にはいろいろがあるが、いちばん大きな原因は夜間の登攀で「現実感を喪失しそう」な不安感のために、ギリギリまで防寒マスクを被らなかったことであろう。何せ体温の8割は頭部から発散されるのに、最後の2時間くらいまでフード以外にはほぼ無防備な状態だったからである(最初の2-3時間はフードさえ被っていなかった)。

下山を開始してから3時間かそこらでベースキャンプのバラフ・キャンプに帰着した。もう指一本動かすのもイヤになるくらいクタクタになっていた。まだ撤収していなかったテントに入って仮眠した。汗で濡れたシャツを脱いだところ、氷のように冷たかった。
ほんとならそのまま夜まで眠りたかったのだが、無情にも1時間やそこらで起こされた。その日はさらに3100mのムウェカ・キャンプまで数時間掛けて降りなければならないのである。

食事用のテントでは昼食が用意されていたが、オイラは完全に食欲を失っていた。
6時間の登攀+3時間の下山でどれくらいカロリーを消費していたか知れないのだが、まったく食欲がないことには自分でも驚いた。オイラは薬を飲むようなつもりでガマンして1杯だけスープを飲み干したが、固形物はとても喉を通らなかった。

そこからの1500mの下山は、前の晩の登攀の時と同じように反射神経だけで手脚を動かすゾンビ状態であった。何が困ったといって、風邪を引いたらしく鼻水がひっきりなしに出るのには困った。しかしこの頃になると“衛生”なんてどうでもよくなっていて(何んせまる5日シャワーを浴びていないのだ)、立小便して手に引っ掛けたのをズボンで拭うわ、鼻水は袖口で拭くわで、黒のフリースの袖口は鼻水でテカテカに光っているのであった。

さいわい高度が低くなるにつれて酸素濃度が高くなり、やや意識がハッキリして少し元気が出てきた。疲労だけは否定のしようがなかったが、ムウェカ・キャンプに着く頃にはさいわい食欲がほぼ回復していた。

しかし長い1日であった。深夜0時に出発し、朝6時半に登頂を果たし、10時~11時半まで休息・食事をしただけでさらに午後4時まで下山を続ける計14時間の行程である。

テントに入って荷物を下ろし服を脱ぐと、(風邪を引いていることもあって)いかに自分がフケツな状態であるかあらためて感じた。登山ズボンはドロドロ、シャツとパンツやタイルは汗でグショグショ、バックパックはホコリまみれである。5日目の終わりまできてはじめて「早く下界に下りてシャワーを浴びたい!」と思った。

その日はあまりの疲労で、あとで荷物の整理をしようと思いちょっと休むつもりで寝袋に入ったら、そのまま熟睡していた。

6日目以降へのリンク
6日目 
7日目

5日目以前
初日
2日目
3日目
4日目

ヒマがあれば明日は前日(マイナス1日)編でも書きます





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Last updated  2006.08.31 20:14:13
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