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カテゴリ:翻訳・通訳・英語
今回名古屋で開かれた国連生物多様性会議で、オレの主な仕事は記者会見場における国連環境プログラムの広報官たちの補佐であったが、ときどき分科会の会場に入れてもらって記者やカメラマンを案内するとか各国の代表者の発言を記録する仕事をさせてもらった。
分科会には2つあって、分科会1は「海洋・沿岸域の生物多様性および保護地域に関する決定書草案」、分科会2が「条約の運用、 資金メカニズム、資金動員のための戦略に関する決定書案」の討議であった。オレは中でも分科会1に入るのを楽しみにしていた。それはなぜかというと、議長がカッコよかったからだ。 分科会1の議長はオーストリア出身の30歳前後の女性で、ソフトなドイツなまりの英語がキュートなのだが、それでいて威厳があった。 分科会は締約国である約190ヶ国の代表に加え、世銀だのWTOのような国際機関やら世界中のNGOや先住民族の代表だのが参加しているので全部で350以上の席があり、それらの各席に数人ずつの代表者が座っている。それに加えてマスコミだの傍聴者席が数百席あるので、会議場はゆうに体育館2つ分くらいの大きさがある。 だから、後ろの席の人にもステージ上の議長や事務官たちの様子が見えるように、会議場内には全部で5つのテレビカメラが回っていて、それらの映像が天井から垂らされた4つのスクリーンに投影されている。音声はスピーカーからも流されているが、国連の正式言語である英語・仏語・西語・露語・中国語・アラビア語に通訳された音声が席に設置されたヘッドフォンで聞けるようになっている。 会場のオレら日本人バイリンガル・スタッフの半数は英語のバイリンガルではなくスペイン語やフランス語のバイリンガルもいるし、英語のバイリンガル・スタッフの多くも国際会議の経験は皆無なので、実は英語で進行される議事を最初から聞いていないか、あるいは聞いていてもあまり理解していない。だから、議事取りの数名を除けばあとはただ席に腰掛けて何時間の間もポカンとしている(笑)。 オレはといえば議事にはちっとも関心がないのに、まるで締約国の代表者のように集中して話を聞いていた。それというのも、議長の活躍を見ているのが楽しみだったからだ。 議長は国際的に法的拘束力を持つ決議書の文面を決定する最終権限を持っている。だから各国代表者は発言をする際、議長に敬意を払って「Madame Chair 議長閣下」と呼ぶ。えてしてこのような国際会議での議長は年配の男性が多く、議長の呼称は「Mr Chair」となるのが通例なのだが、国連気候変動条約を含め環境関係の国際会議では比較的若い女性が議長になることが多く、「Mr Chair」が「Madame Chair」になることが少なくない。 オレは仕事で分科会1に入る機会を得るたび、スクリーンに映る議長の顔を見ながら「マダム・チェア」を心の中で応援していた。キューバだの中国の代表がすでに決議済みの条項を蒸し返して変更を求めたり(笑)、インドの代表者が「語呂の良さ」を理由に表現の変更を求めたり(笑)するたびに、マダム・チェアが表情を曇らせる。オレは議事に何の利害関係もないにも係わらずインドや中国の代表者に怒りを感じ(笑)、マダム・チェアがこれらの「困ったちゃん国」の代表者を辛抱強く諌めようとする姿勢に感動を覚える。また、会議が最終日に近づくのに先進国と途上国の間の溝が埋まらずに議論が紛糾するにつれ、スクリーンに映るマダム・チェアの姿が目に見えてやつれていくの見ながら、「頑張れ、あと8段落で終わりだ!」と心の中で応援してしまう。 ![]() 一番右の人が議長 COP10の期間中、マダム・チェアとは2回接触する機会があった。午後のセッションが始まる直前に会議場前のロビーの自販機に並ぶと、マダム・チェアがコーヒーを選択していた。「カフェインがないと3時間の長丁場は持ちませんよね、マダム・チェア。」と後方からねぎらいの声を掛けると、彼女は可愛く微笑んだ。その表情を見て、彼女は会議場でオレの顔を覚えてくれているな、と勝手に思った(笑)。 次に会ったのは会議最終日の前の晩に会議場の前でタクシーを待っている時だ。分科会1に入ったスタッフによると、その日の夕方マダム・チェアは会期中に何とか全文案の採択を終え、満場大拍手の中で草案採択を宣言したそうだ。スタッフの1人はその感動的なシーンに涙が出てきたと言っていた(笑)。深夜12時過ぎにタクシーを待つ彼女は、隠せぬ疲労もさることながら、とても満足気な表情をしていた。オレは彼女がタクシーに乗り込んで英語でホテル名を告げた後、タクの運ちゃんが行き先をちゃんと理解しているのを確認し、その旨を彼女に告げてからドアを閉めた。彼女はちゃんとオレの顔を見て笑顔で「Thank you.」と言った。オレは一瞬、このまま同じタクシーに乗り込んでホテルまで同行しようかと馬鹿な妄想をした(笑)。 オレは、地球環境のためには人類が滅びるのが最善だと思っているような、日頃は環境保護運動なんかにほとんど関心のない人間なのだが、マダム・チェアのような立派な人たちがこうして寝食も忘れて環境保護のために尽力している姿を見ると、こんな些細な形でも国連の会議に貢献できて良かったなあと素直に思えるのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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