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カテゴリ:マラソン/山/トライアスロン
聞き手 すいません、幽霊小屋の話に入る前にひとつ確認したいのですが、ローシーズンとはいえ、ほかの登山者がいたわけですね。 郡山ハルジ はい。ボクがベースキャンプに入る前日、今シーズン最後の登山ツアーの混成グループが入山してました。あと、スペインのテレビ局のドキュメンタリー撮影チームなんかもいましたね。 聞き手 ほほう。混成チームというのは、いろんな国の登山者の寄せ集めということですか。 郡山 そうです。地元アルゼンチン人が半分、欧米人が半分くらいの、8人くらいのチームでした。ボクはもっぱらこのグループの近くにテントを張って、グループの中でも英語を話す欧米の登山者と仲良くなって、天候などの情報収集をしたりしてました。ほかにも、ベースキャンプでは2人組くらいの個人グループが常時4~5グループ(計20人前後)くらいテントを張っていて、それがハイキャンプに上がるにしたがって少なくなっていって、最後のアタックキャンプでは10人くらいになってたでしょうか。 聞き手 高度が上がるにしたがって、脱落していくということですね。 郡山 そういうことです。 聞き手 まあ、ローシーズンでも、すっかりひとりぼっちというわけではなかったんですね。 郡山 それはなかったです。それはボクも安心しました(笑)。ただ、ボクがアタックキャンプに用いたベルリン小屋に泊まっていたのはその日ボクだけで、ほかの登山者は皆そこから20分くらい先のキャンプ・コレラにテントを張っていました。 聞き手 …で、その幽霊小屋の話ですけど、やっぱり私なんかは放浪の達人さんの空木平避難小屋の話を思い出すんですが、あんな感じの体験ですか? 郡山 うーん、共通点はありますが、質的に違いますね。心霊体験としか言いようがないからそういう言葉を使いましたが、決して幽霊を見たとかいうわけではありません。 聞き手 なるほど。では、その共通点というのは? 郡山 そうですね、まず相違点から説明すると、ベルリン小屋というのは、山小屋とは言っても日本のと違って小人の家みたいな、入り口が60センチ四方くらいの、四つん這いにならないと入れないような小さな小屋です。内部も高さがせいぜい140センチくらいで、立ち膝でも天井に頭がぶつかりそうな大きさで。これがその写真です。下がその内部を撮ったもので。 聞き手 ほんとに小さいですね。いろいろ落書きが彫られていて、結構多くの人が利用してる形跡があります。 郡山 はい。日本語の落書きもありました。この小屋を休憩に使う登山者は結構居るのかも知れませんが、宿泊する人は滅多に居ないような種類の小屋です。 聞き手 正直、写真を見た限りでは、あんまり幽霊が出そうな感じでもありませんね。 郡山 そうです。全然霊的な妙な感じはありませんでした。 聞き手 でも、一晩中眠れないような、妙な体験をされたわけですよね。やっぱり放浪の達人さんみたいな、小屋の壁をドンドンと叩いたりとか、屋根の上をパキンパキンと歩いたりとか、そんなラップ音のたぐいですか。 郡山 …そうですね、最初は「パキッ」とか「カチッ」とか、まあ小屋の木材の収縮とかで説明がつくような、単純な雑音がしました。でも、そんなちょっとした物音が気になって、ついつい耳を澄ましているうちに、何かが小屋の周りをうろつくようなガサガサという音がしたり、呼吸音のような気配がしてくるんです。標高5900mの、動物はおろか植物さえ生えないような場所で、ボク以外には登山者もいないところでですよ。 聞き手 ...で、放浪の達人さんみたいに、驚いて小屋の外に飛び出したりしたんですか。 郡山 いいえ、小屋の中でじっと目を閉じて寝袋にくるまって怯えていました(笑)。そもそも外に出るって言っても、小屋の内部がすで氷点下10度を切っていて、外は氷点下15度は行ってたと思いますんで、寝袋から出るのさえ自殺行為って感じでしたし。 聞き手 そんな気温だったんですか(笑)。心霊現象の有無に関わらず、眠ってしまうのが怖くなる寒さじゃないんですか(笑)。 郡山 はい。アコンカグアは、午後8時くらいに日が暮れると、急速に冷えてきます。小屋は出入口の折り畳みドアの半分が壊れて無くなっていて、ゴミを収集ししたズダ袋で外から穴を塞ぐのですが、どうしても隙間から冷気が入り込んできます。寝袋の枕元に置いた温度計の数字がみるみるうちに下がっていって、日没から数時間で氷点下10度くらいになるんです。 聞き手 山小屋とはいえ屋内で氷点下10度というのは、身の危険を感じる温度ですよね。 郡山 はい。液体なんかはあっと言う間にガチンガチンに凍りつきますから、水筒のたぐいはすべて寝袋の中に入れておかないといけません。 聞き手 そんな、周りには人間はおろか動植物さえ存在しないような標高5900mの山小屋の中で、氷点下10度までずんずんと下がっていく温度計を見ながら寝袋にくるまって、得体の知れない物音に怯えながら、孤独に夜が更けて行くと(笑)。霊が出なくとも十分に怖ろしいシチュエーションです(笑)。 郡山 そうなんです。また、そういうときに思い出すのが、この2月に入ってから登山者が6人も死んだという話で(笑)。滑落死したのか凍死したのか知りませんが、そんな浮かばれない登山者の霊が浮遊しているかと思うと、ちょっとした物音が意味を持って聞こえてきたりするわけです。 聞き手 ...とすると、そんな“心霊現象”も、心細さが産んだ錯覚として説明がつきそうですよね。 郡山 うーん、まあ、そうなんですけど、…ただ、その後に経験したことは、ボクの心の中では錯覚で済ますにはあまりにリアルだったんです。 聞き手 どんな体験ですか。 郡山 まず、小屋の周りの物音とか人の気配がしたとき、その主が霊であれ何であれ、悪意はないな、と感じました。放浪の達人さんの経験みたいに、眠るのを妨害するような大きな音を出すわけでもないし、物音といっても合図みたいな音で、気味は悪いですけど実害があるような迷惑な物音じゃないんですよね。 聞き手 気味悪さを別にすれば実害のあるような音量じゃないから、相手に悪意はないんだろうと(笑)。 郡山 まあ、そういうことです。そこで、それが仮に何らかの霊だと仮定して、合図みたいな物音を立てているのは、オレに何の用があるのだろう…と考えるわけです(笑)。 聞き手 それで、自分に何の用があるのか、霊に尋ねてみたわけですか。 郡山 そうです(笑)。単独でアコンカグアに入山している自分に、何か伝えたいことでもあるのかと、心の中で訊いてみるわけです。 聞き手 それで、答えが返って来たんですか。 郡山 うーん、直接的な答が返って来たわけではないんですが、答を待っていると、こう、目をつぶっていて、標高5900mの、周りには誰もいない氷点下10度の真っ暗な山小屋の中で、ひとり寝袋にくるまって、得体の知れない物音に怯えている自分の姿が、小屋の外から俯瞰する感じで目に浮かんでくるんです。 聞き手 ふーん。それはその、霊か何かのビジョンがそのまま伝わってくるような感じなんでしょうか。 郡山 わかりません。ただ、こんな雄大で苛酷な山の中で、こんなちっぽけな存在の自分が、いかに無謀なことをしようとしていたのかが、そんなイメージとともにヒシヒシと伝わってくるんです。 聞き手 なるほど。 郡山 そして、そんな無力で孤独な存在が、過去1ヶ月のうちの亡くなった6人の登山者たちと同じように、この巨大な山の中で命を落とすなんていかに簡単なことなのかを痛切に感じて、途端に死の恐怖がリアルに迫り上がってくるんです。 聞き手 分かるような気がします。 郡山 で、カッコ悪い話なんですが、登頂を明朝に控えた40歳半ばの中年オヤジが、寝袋の中で目をつぶって「…ああ、死にたくねー!」と真摯に呟いているんです(笑)。 ある程度は覚悟の上で臨んでいたはずなのに。 聞き手 …それは、アコンカグアで亡くなった登山者の霊か何かの、ローシーズンに単独行をしていた郡山さんへのメッセージだったんでしょうかね。 郡山 それもわかりません。とにかく、突然、こんな自分の力をはるかに超越した地に単独で入っている無謀さを心から反省しました。すると、その途端、何かが足元の方からスーっと身体に入り込んで来た感じがして、誰かに抱かれているような温もりが広がって、…感動していました(笑)。 聞き手 (しばし沈黙)。…うーん、それは心霊体験というより、神秘体験というのが相応しいかも知れませんね。…で、そのまま夜が明けたわけですか。 郡山 いいえ。凍死の恐怖が増幅して、眠れなくなりました(笑)。もうその時点で零時を過ぎていて、翌朝は未明の午前5時出発予定だったので、もうそのまま夜を明かすことにしました。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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