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カテゴリ:心理学
自らの「低音部」に直面 心理療法家「まどか研究所」主宰 原田 広美 「夏目漱石 夢、トラウマ」という本欄のタイトルは、拙著『漱石の〈夢とトラウマ〉』(新潮社)に因んでのことだ。「夢」という語を用いたのは、漱石の『夢十夜』を意識したからである。 漱石評論家の江藤淳が、初期の漱石論で「『夢十夜』で吐露された漱石の低音部」と書いて以来、『夢十夜』が注目された。江藤は低音部と書いたが、これは深層心理(無意識)の意味である。若い頃に、江藤の著作を読んだ私の漱石の捉え方は、その延長線上にあったと言えよう。 ところで精神分析の祖であるフロイトの『夢判断』は、1900年に刊行された。当時からトラウマ(心的外傷)という語は、精神医学では用いられていた。だが私が拙著を書き始めた25年前の日本では、まだ一般的な言葉ではなかった。 心理療法家として、漱石を低音部から捉えようと書き始めたが、実は題名をつけるには難航した。それでも2007年に、舞踊評論家として、国際ダンスフェスティバルの取材でウィーンに出かけて、やっと判断ができた。それはフロイト博物館のある当地で、『夢とトラウマ』点という美術展に出会えたためだった。 ドイツ語では「Traum(夢)」と「Trauma(トラウマ)」という一字違いの、この二語。やはり密接だという思いが、旧来から人々の間にあったのであろう。 漱石に戻ると、実父から得た「いるだけでも罪悪」だというトラウマ、学生時代に進路を見失って以降の厭世観、失恋を経て神経衰弱。ロンドンで正岡子規の不法を聞き、孤独な英文学研究の末の神経衰弱の悪化と、神経症的な妄想。 帰国後の苦難の中、ようやく大好きなシェイクスピアを講義して元気が出た。続いて『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『草枕』など、ユーモアと、ロマン的な高踏派の作風で評価を受けて、朝日新聞「文芸欄」担当の作家になる。 入社第一作目の『虞美人草』は、勧善懲悪的な内容に終わり、いまひとつ。その漱石が、『三四郎』以降の近代的な小説に移行できたのは、『夢十夜』を書きながら、いわば夢療法のように「自らの低音部」に直面したせいだと思われる。
【夏目漱石 夢、トラウマー22ー】公明新聞2022.2.25 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
June 10, 2023 04:06:01 AM
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