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February 1, 2024
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カテゴリ:文化

変容する『戦争と社会』

―シリーズの完結に寄せて

石原 俊

薄れる「現実社会」の中で

2次世界大戦の終局から、あと3年足らずで80年となる。次の10年で、アジア太平洋戦争での従軍経験どころか、空襲や地上戦体験者が、この国からほとんどいなくなるだろう。さまざまな社会調査の成果を総合すると、2010年代の日本社会は戦争や軍事に対する「現実感」が著しく崩れた状況にあったといえる。

こうした状況下でロシアのウクライナ侵略が起こったことから、日本の政界や言論界でも少なからず極論が見られる。一方で先制攻撃力を持つべきという議論、さらには日本核武装論も出ている。他方で日本は依然として完全非武装を目指すべきとの議論や、火侵略側のウクライナにロシアへの領土割譲を前提路する幸福を進めるような暴論も唱えられている。

現在進行中のロシアの戦略戦争に限らず、第2次大戦後80年近く、戦争がない世界など一度も実現したことはない。また「新しい戦争」の時代といわれる現代、民間軍事会社の台頭、インターネットや人工知能(AI)技術に支えられた無人兵器の開発など、戦争・軍事の在り方も大きく変化している。

世界の中で日本の行く末を考えるとき、社会の構成員の戦争・軍事に対する思考力や感覚を高めていく作業は、ますます重要性を増している。

筆者が編集委員の一人を務めた『シリーズ 戦争と社会』全5巻(岩波書店)は、以上のような現状を踏まえつつ刊行された。

本の何十年か前まで、日本語圏の戦争や軍事に関する研究は、アジア太平洋戦争を対象としたものが圧倒的に分厚く、それを主導してきたのは歴史学分野だった。本シリーズはその長年の蓄積に敬意を払いつつも、社会学、文化人類学、民俗学、哲学、文学、メディア研究、ジェンダー研究など、研究分野の多様性を重視し、またアジア太平洋戦争にとどまらない時空間に対象を広げている。

 

見直されるべき「戦後」意識

軍事への思考力高める作業が必要

 

危険な「戦前」と煽る論調

シリーズの第1巻は戦争や軍事的暴力についての原理的考察や最新の戦争理論、第2巻は旧日本軍や自衛隊と市民社会・地域社会との関係、第3巻は日本帝国の総力戦や帝国崩壊による占領が日本と各地に与えたインパクトを主題とする。第4では公選論・反戦論、戦争体験論や歴史認識論争といった言説・表象の磁場、第5巻では戦争死者を巡る記憶、忘却の追悼・慰霊、トラウマを巡る問題を扱っている。

本シリーズの目的をやや乱暴にまとめるとこうなる。

1に、戦争と社会の関係性が、第2次大戦までの総力戦の時代から、日本では「戦後」と呼ばれる冷戦の時代、そして「新しい戦争」が主流になったとされる21世紀に至るまで、どのように変容したのかを、学問分野の枠を超えて把握すること。

2に、指導者から庶民に至るまで、軍事的暴力の担い手たちの思考や社会は形に内在的に迫ることで、いかなる社会(の在り方)がいかなる戦争(の在り方)を生み出したのか、逆に戦争が社会をどう変容させたのかを解明すること。

3に、戦争をめぐる記憶や表象、戦争死者の追悼や異例の在り方と、社会の在り方との間には、どのような相互影響関係があるのかを考察すること。

いまロシアの侵略行為を受けて、日本が直ちに「戦前」になったと煽る論調は危険である。ロシアは日本の隣国であるとはいえ、NATO非加盟のウクライナと日米安保条約化にある日本では、被侵攻リスクは大きく異なる。中国が経済関係の深い日本との全面的軍事衝突を望んでいないのは、まともな識者の一致する警戒だ。北朝鮮には戦争を継続できる国力自体がない。

 

冷戦の前線になった沖縄、南方諸島

 

新たに生まれる緊張状態も

ただ、筆者はこの機会に、日本社会にいまも根強い「戦後」意識は見直されるべきだと考えている。

敗戦後の日本本土は、同じ敗戦国ドイツと異なって東西陣営に分断されることなく、米国の支配下で、冷戦の軍事的前線を、沖縄を含む南方の島々や、朝鮮半島や台湾といった旧植民地に担わせてしまった。その結果、日本本土の人々の間では、「冷戦(cool war)」意識ではなく「戦後(postwar))意識が共有された。

もちろん、日本の人々に広がった平和の願いは軽視できない。原爆を2度も投下されるという大量殺戮を経験した日本社会が、世界の中で核戦争の防止に果たしてきた責任も小さくない。

他方で日本は、朝鮮戦争やべと鳴く戦争には派兵こそしなかったものの、後方支援基地として深く関与していた。平和主義に基づく「戦後」意識は、冷戦状況下で日本が戦争に関わっていることを忘れさせる効果もあったといえる。

そして、自衛隊が国連平和維持活動(PKО)に参加してから、今年で30年になる。自衛隊の海外派遣も繰り返されており、今後いつ隊員に犠牲者が出てもおかしくない状況にある。全面戦争はおそらく回避されるだろうが、日本や中国やロシアとの間で「新冷戦」と呼ばれる緊張状態にあることも否定できない。

「先の戦争から○年」といった消極的な「戦後」意識に開き直ることなく、日本社会の戦争・軍事に対する思考力を高めていくことが、極論や異論を予防することになり、結果的に軍事的暴力の加害者にも被害者にもならない耐性をつけることにもなる。本シリーズがその一助となれば、幸いである。

(明治学院大学教授)

 

いしはら・しゅん 1974年、京都府生まれ。博士(文学)。千葉大学助教授などを経て現職。専門は歴史社会学、島嶼社会論。著書に『近代日本と小笠原諸島』『(群島)の歴史社会学』『硫黄島 国策に翻弄された130年』などがある。

 

 

【社会・文化】聖教新聞2022.9.20






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Last updated  February 1, 2024 04:58:22 PM
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エキソエレクトロン@ Re:宝剣の如き人格(12/28) ルパン三世のマモーの正体。それはプロテ…
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