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突然のことに雪乃は、思わず後ずさりした。
そして、その時、目の前にいる会長が、先日祖母の墓参りの時に出会った初老の男性という ことに気づいた。 「ここにいらしゃったのですか・・・・・。」 会長は感極まった声でそう言うと、雪乃の手を取った。 そのまま雪乃を見つめ、そしてズボンのポケットからハンカチを出すと、目頭を押さえた。 周りの人々は一体何が起こったのかとざわめき、案内役の専務は、困り果てた様子でしきり に雪乃に目配せをしていた。 会長はハンカチをしまうと、雪乃に一礼をし、それから出迎えの社員の方を向くと、 「皆さん、朝のお忙しい時間に私のために本当にありがとうございました。皆さんにお会いで きて、大変嬉しく思っています。これからも健康にはくれぐれも気をつけられがんばってくだ さい。」 とよく通る声で言い、頭を下げた。 そして雪乃の方を向き、雪乃だけに聞こえる声で、 「それでは後ほど。」 と言うと、去っていった。 会長の姿が完全に見えなくなると同時に、雪乃の周りに多くの社員が寄ってきた。 吉井さん、会長と知り合いなの? 何があったの?など雪乃は質問攻めにされたが、何と 答えてよいか分からず、おろおろしていると、松井部長が靴音をさせながら足早に近づいて きた。 「出迎えはおわりました。すぐに仕事にとりかかりなさい。」 部長の鶴の一声で当たりは静まり、多くの社員は小声で囁きながら、自分の部署に戻って いった。 雪乃はほっとし、部長に礼を言うと、歩き始めた。すると、その横に部長がぴったりと寄り 添い、 「吉井さん、あなたが会長と知り合いなんて初耳よ。何で早く教えてくれなかったの? 私と あなたの仲で水臭いじゃないの。」 と言うなり、肘で雪乃を軽くつついた。驚く雪乃におかまいなく、 「じゃあ、また今度ゆっくり話しましょうね。」 と笑顔でそう言うと、部長は自分の仕事にとりかかった。 私とあなたの仲? 一体どんな仲なのよ・・・・。 見下し無視する部長と、見下され無視される私の仲じゃないですか。 雪乃は心の中で呟き、さあ、仕事だと自分に言い聞かせた。 偶然会ったあの男性が、会長とは思いもかけないことだったが、会長の顔色がよく、体中に 活力がみなぎっていたように思い、雪乃は安心した。 あの日、雪乃に長い時間話した後、ありがとう、と言うと、また自分の娘の墓の前に座り 手を合わせていた姿を、雪乃は思い出していた。 雪乃はその後姿に礼をすると、その場を去ったのだった。 昌代や、菜摘、春香が隙をみては、雪乃に話しかけたがっているのを感じたが、雪乃は 自分の仕事に没頭した。 その仕事が仕上げにかかったころ、雪乃は支店長室から呼び出された。 一度も入ったことのない支店長室に案内されると、そこにソファーに座っている会長の姿 があった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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