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風と散策 

2006.06.09
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カテゴリ:国際問題
かつての祖国、日本の若者よ、あなた方の先人達は実に立派であり、
今も台湾の地で「日本精神」が崇敬されている事実の語るところを
君達の後世に伝えられよ。
そして自国の歴史を正等に評価し、自信と誇りを持って
堂々と胸を張って未来に雄々しく羽ばたいてほしい。


これは「蔡 焜燦」という79歳の台湾財界で著名な台湾人の
著した書物の中で記述された一節である。
書の名は「台湾人と日本精神ー日本人よ胸を張りなさい」。

アジアの隣国と云えば、韓国と中国以外殆ど日本人の意識に上らず
「台湾」はかつての朝鮮同様、日本の「植民地」だった国としてしか
戦後生まれの者達の間では認識されてないのではなかろうか。
斯く云う私もそうであった!

日本人よ胸を張りなさい、の副題に釘付けになり
そして読み終えた今、私の胸は感動で張り裂けんばかりなのです!
多くの人にこの書を読んで貰いたいのです!

こんな事は学校教育でも少しも教えては貰わなかったし
(そりゃ~そうでしょう、あの時点で誰も知り得なかっただろう)
否、それどころか「自虐史観」が支配している戦後に育った者に取っては
ただ、ただ、あっけにとられて、 その後感動に震えるのみだったのです。

私が死する時迄、この書に出会えて良かった。
知らずに死ぬとこだったのです。

「植民地」どころか日清戦争後の統治50年で台湾は
それ迄の非文明的な地域から近代文明の恩恵を受け、
物的進歩だけでなく、内地でやっていた道徳教育を、同じ日本領土である
台湾でもされ、台湾人の精神基盤となって、
その後の発展に大きく貢献した、と蔡氏は書いています。

単なる「統治の手段」で丸め込んだだけとの批判を挙げるなら
台湾各地に日本の統治者の銅像が感謝を込めて
台湾人の手で建立されていないし、敗戦直後、にわかに戦勝国となって
しまった台湾人が筆者を含め、日本の戦争孤児の為に
炊き出しのおにぎりを(戦勝国には物資が行き届いた)与えて廻った
と云う行動を取るでしょうか!

戦後、大陸から中国共産党に敗れた蒋介石が、国家丸抱えで
台湾に入って来た時から
蒋介石政権は、日本統治時代に教育を受けた台湾のエリート層を
片っ端から抹殺して行った。
 
無辜(むこ)の人々が、裁判はおろかその罪状さえないまま
凄惨なリンチや処刑によって消されていったのだ。
その数は3万人とも5万人とも言われているそうだ。

蒋介石に関して感じていた、少なくとも「歴史上の人物」くらいに
思っていた感想とは真逆で、台湾人は1988年李登輝が総統の
地位に付いて「蒋一族」が退陣する迄、暗黒の43年を送り、
それ迄の日本統治の50年を恋しがった、と云うのだから
「歴史」を正しく認識せずに何としよう!

「台湾紀行」をものした司馬遼太郎は、その取材の途次
ある老婦人に「日本は何故台湾をお捨てになったのですか」と
訊かれ、答えに窮したと記している。

隷属させられた本島人(台湾人)の方が、大陸からやって来た
支配者側の人々より、「民度」が上だったという指摘も
司馬遼太郎がしているそうだ。

これ即ち日本統治、日本の道徳教育(教育勅語)のお陰で
大陸の中国人は、何でも賄賂が優先する社会が普通の世界で
「全てはお金」の世の中を、それ迄賄賂とは無縁だった台湾人の
中に迄浸透させて行ったと筆者は語っている。

そして「教育勅語」は戦後日本では全体主義の悪者扱いされて
その本質は道徳を説いているのに、残念な事だ、とも。
現代の日本の荒廃した犯罪事情にも、「教育勅語」に相当する道徳教育の欠落が
起因しているのでは、、、、と推し計っている。
逆に、台湾の或る専門学校では今も「教育勅語」が校内に
掲示されているそうだ。

筆者の奥さん等は考える時は日本語で考え、寝言も日本語だそうだ。
本書には随所に「親日家」ではなく、「愛日家」の記述が続く。

日本時代に22歳迄過ごした前李登輝総統も当然「愛日家」だったが
その国策顧問の「許文龍氏」も「愛日家」だった。
その発言。

「私はかつて日本人であった事に誇りを持っていますが、
逆に日本の方々は誇りを持っていないんですね、どうか皆さん
過去に対しては正当な評価と自信を持って下さい。」



ここで必然的に同じ植民地の朝鮮に、思いは行ってしまう。

筆者は戦後の日本の「自虐史観」に非常な歯がゆさを覚えている
所以(ゆえん)によって、「慰安婦問題」にも

ー彼女らは口々に「海南島は儲かるし、それよりも兵隊さんが
喜んでくれたんです」と語っていた。そうした生の声には
現代の日本で騒がれる様な強制連行の”悲劇”等は存在しなかった事を
私のこの耳がしっかりと聞いているー

と語ってくれている。
尤もこの慰安婦は台湾人で朝鮮人ではない。

台湾統治は50年、朝鮮は台湾に遅れること14年の36年である。
私は思うのであるが、この14年の差が片や「親日台湾」を生み出し
片や「反日朝鮮」を生み出したのでは、と。

同じ日本人為政者(オンリーワンではない)が台湾では
現地の人に感謝され、朝鮮では憎まれた、というのは想像し難い。

朝鮮では既に同じ民族の中で、日本とは比べ物のない差別化が行われており
朝鮮人である事を秘匿すべく、日本名を名乗りたがって先を争って
日本名を名乗ったというのである(日本統治下の朝鮮で)。
日本名取得には強制どころか、寧ろ朝鮮総督府の許可が要ったのだ。

これを戦後日本は韓国から「創氏改名」として叩く材料にされた!
「慰安婦問題」も悪賢い朝鮮人から良い様に利用され、
脚色され、見事に日本バッシングの材料に迄高めて行ったのだと思う。
この件(くだり)は過去のブログに書いているので、是非見て頂きたい。

「強制連行」然り。
台湾の高齢者は今だに日本を「第二の祖国」と言って憚らない。
「日本軍人」として早く戦地に赴き、日本の為に捧げたいと思っていた、
と云う程だから、気持ちは日本人であった。

朝鮮のブログにも書いたが、内地で国民を動員するのだから
朝鮮でも日本人として朝鮮人を徴用したのだ。
今問題になってる、ある民間企業達への朝鮮人労働者徴用でも
内地人に比べれば随分後から徴用の運びとなったらしい。
兵隊で男手を取られて女子供迄、工場動員があった時代だ。


今度は中国だ。 筆者は言う。

「愛日家の我々には、昨今の日本の対外政策が、余りにも
不甲斐なく映る。 対中外交等はその典型であり、大陸中国に
遠慮する余り、彼らの術中にすっかり嵌っているではないか。
日本人は中国の本質を知らなさ過ぎる。

我々台湾人は半世紀もの間、”中国”と同居し、そして”中国”と
対峙し続け、彼らを知り尽くしている。
天安門事件の後、一人も死んでいないと、或る高官がワシントンで恥ずかしげもなく
虚言を吐いた事からも分かる様に、彼らは”嘘”から
外交を始めるのである。

台湾では”日本精神”の対語として、何ゆえに”中国式”と云う言葉が
嘘・不正・自分勝手など、様々な悪い行いに対して用いられているかを
良く理解して頂きたい。
私は”元日本人”としてかつての祖国日本よ永久に栄えあれ、と
願うが故に苦言を呈しているのである。」


再び台湾に戻る。

今の台湾の高齢者方が亡くなった後、この「歴史」は
どう後世に受け継がれて行くのだろうか?

私は台湾に行ってみたい、と思う。 一度も思ってもみなかった事だ。






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最終更新日  2006.09.03 12:11:40
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