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カテゴリ:サッカー
今日はサッカー選手の紹介を・・・。がんばっていれば誰かが認めてくれるという典型的な例。
ガンバ大阪の佐々木勇人選手です。ACLで大活躍。その彼の経歴を紹介。 生年月日 1982年11月29日(26歳)。出身地 宮城県塩竈市。身長 164cm(小さい!!) 体重 61kg 血液型 AB型 (来歴) 地元塩竈市の塩竈FCのジュニアチームでサッカーを始める。その後塩竈FCジュニアユース、塩竈FCユースと昇格して行き、2001年に大阪学院大学へと進学。サッカーを始めた頃からずっとトップ下(いわゆる司令塔)のポジションを務める。 2005年、J2のモンテディオ山形に入団。1シーズン目からレギュラーとして活躍。鈴木、樋口両監督に右サイドハーフとして起用され、3シーズンでJ2リーグ戦119試合に出場し、山形の攻撃陣の一角を担った。2007年の天皇杯ではJ1のガンバ大阪を相手にドリブルで守備陣を切り裂き、それがガンバ大阪の西野監督の目に留まる。 2008年、J1リーグのガンバ大阪へ完全移籍。 (プレースタイル) 小柄だが50メートル5秒9という俊足を生かし縦への突破ができるドリブラー。右サイドからあげるクロスボールの精度も高い。ガンバ大阪に移籍してからは右サイドバックでも起用されている。 (人物・エピソード) プロ入り前に生まれ故郷のベガルタ仙台に練習生として参加するが、クラブの方針で契約までには到らず。その後、同じ東北のライバルクラブであるモンテディオ山形へと入団。本人はこの時の挫折をバネにしたことで、後に山形で活躍することができたと語っている。 大学生時代には、ガンバ大阪のホームタウンである吹田市のキャンパスに通っていた(縁があるんですね)。 Jリーグデビュー戦で1ゴール1アシストを飾るなど、非常に勝負強さが魅力の選手。天皇杯、ACLなどのカップ戦や大舞台にも強い(これはACLで証明済み)。 2007年11月7日の天皇杯4回戦でガンバ大阪と対戦。チームは惜しくもPK戦で敗れたが、彼の活躍ぶりが敵将の西野監督に見初められ、ガンバ大阪入団へと繋がる。 ガンバ大阪からのオファーを受けた際、愛妻にその事を話すと大喜びで移籍に賛成したという(妻が関西出身の為)。 彼は地元のベガルタ仙台に行きたかったが、ベガルタ仙台に見る目が無く(あればJ2のままであるわけが無いが)、ライバルチームに行った。そこで腐らずに自分の力を出して最終的にはベガルタ仙台に入るよりも大きなものを手に入れた。私も見習いたいです。 来年のW杯のオーストラリア戦では彼を召集してもいいかも。背の高いオーストラリアの選手はかなり混乱するでしょう。 後、AFCの表彰式があり、アジア最優秀チームに「ガンバ大阪」が。最優秀クラブ監督には「西野監督」が選ばれました!賞の半数以上が日本人か、日本のチームで占められました。 これからもがんばれ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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