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ken tsurezure

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trainspotting freak

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2006.07.03
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テーマ:ニュース(99709)
カテゴリ:カテゴリ未分類
 本田透氏と宮台真司氏との間で「恋愛資本主義」論争があった。本田氏は宮台氏の反論に答えている様子ではないので、論争とは言わないかもしれないが。
 「恋愛資本主義」とは本田透氏が『萌える男』という本の中で提唱されている概念だ。本田氏はこういう。八〇年代後半から九〇年代にかけて恋愛の意味が変わってきた。恋愛とは「恋愛偏差値」が高い男女どおしでくっついたり離れたりするゲームのようになってしまった。そこにはロマンチックのかけらもないし、また「恋愛偏差値」の低い人間が入りこむ余地すらもない。そして、それにメディアミックスのような形で雑誌やテレビがそうした恋愛をするように若者を煽る。(例として『私をスキーに連れてって』があげられていた)。そのような恋愛ゲームを中心にお金が回る仕組み。また「恋愛偏差値」が高い人々のみが恋愛を享受できる仕組み。それを本田氏は「恋愛資本主義」と呼んだ。
 それに対して宮台氏は反論する。八〇年代後半から九〇年代の若い女性も本当は恋愛にロマンティシズムを求めていた。それを男の側が錯覚してしまい「恋愛資本主義」という誤った解釈をしてしまっただけだ。と。
 どちらが正しいかという判定については留保させていただく。ただし興味深いのはどうしてこのような正反対の恋愛に関する考えのギャップが生まれてしまったのかという事だ。宮台氏はご存知のとおり若者のフィールドワークを得意にされている社会学者の第一人者である。だから多分彼の主張は全くのでたらめということはないだろうと思う。
 しかし本田氏の「恋愛資本主義」の考え方も、僕には誤っているようには思えない。それは僕自身がオタクであったからという一定のバイアスがかかっていると思うけれども。
 何が原因でこういうことになってしまったのか。本田氏の立場に立って、「恋愛資本主義」はどうして生まれてしまったのか。あるいはそういう考えが説得力を持って自分に現われてくるのか。ない頭を絞って考えたのがこの文章である。

 「出会いの機会が増えるとそれだけ結婚が難しくなる」このような逆説的事態を解明したの本が、山田昌弘氏の『結婚の社会学』という本である。この本の主張については紹介しないが、関連部分だけ紹介させていただきたい。
 なぜ出会いの機会が増えると結婚難が生じるのか。例として、静ちゃんとオリジナルのび太君に登場してもらう。静ちゃんはのび太君の優しくておっとりした性格が好きだ。出会いの機会が少ない場合は静ちゃんとオリジナルのび太君はめでたくゴールインとなる。しかし出会いの機会が増えたらどうなるだろう。静ちゃんは例えば「のび太君A」、「のび太君B」、「のび太君C]と出会うチャンスに巡り会う。そうすると、オリジナルのび太君が静ちゃんに選んでもらえる確率は四分の一に減少してしまう。事態は更に深刻で、一般に女性に好かれる男性は沢山の女性に好かれ、逆に魅力のない男性は女性から見向きもされないという自然の摂理がある。そうすると出会いの機会が増えれば増えるほど魅力のない男性はますます女性から縁遠くなり、逆に魅力ある男性は沢山の女性からアプローチを受けるという結果になる。
 身も蓋もない話なのでこれ以上続ける気はないが、恋愛に関する障害がますますなくなっている現在、こうしたスパイラルは止めようがないだろう。このプロセスをとりあえず「恋愛の規制緩和」とでも呼んでおこう。
 「恋愛の規制緩和」はもはや止めようのない流れである。人間は本来的に自由が好きな動物である。一度味わってしまった自由は二度と手放すことができない。現在を生きている若者に江戸時代のような封建的な時代に戻れといっても誰が戻るだろうか。それを考えただけでも「恋愛の規制緩和」は止めようのない時代の流れだということがわかる。
 そうした「恋愛の規制緩和」が金になる。それにマーケッタ―が気付いたのが八〇年代後半ではないのか。『ホットドッグプレス』からエロ本に至るまで、男性向けの雑誌が女性とのセックスあるいはセックスするためのノウハウを記事にすると雑誌が売れる。またスキー場での素敵な出会いを映画にすると映画も売れ、スキー客も増える。そうすれば「恋愛資本主義」まであと一歩といったところだ。

 「恋愛の規制緩和」は止めようのない時代の流れなのだから、それに伴って生じた「恋愛資本主義」も肯定するべきではないか。それは理にかなった意見であると思う。しかし、そういう人はそうした恵まれた恋愛をできない人がいるという事実をどう考えるのだろうか。
 今では死語になってしまったが、バブルの頃「アッシー君」や「メッシ―君」という言葉があった。ある女性誌が男をうまく使い分けるという記事のために作った言葉であるという伝説が残っている。「アッシー君」とは、夜遊びをして終電がなくなっても電話ひとつでどこへでも迎えに来てくれて自宅へ連れ帰ってくれる便利な男のことである。その男性は「迎えに来てやったのだから一発やらせろ」とか「かね払え」といったことを言わない。非常に優しい性格の、一言でいったら「いいヤツ」である。
 これはあくまで個人的な意見であるが、この「アッシー君」の取り扱いの間違いが時代を大きく誤った方向に導いたのではないか。そんな気がしてならない。
 このような基本的に「いいヤツ」である「アッシー君」を世間の人々は何を間違えたのかバッシングしてしまった。情けない奴、男の風上にも置けないどうしようもないヤツ、男の恥などなど。「アッシー君」であるというだけで人間としての価値が下がる。そんな風潮だった。
 アッシー君はなぜその女性にやらせろと言わないか。その答えは簡単だ。その女性から、恋人としてみてもらえないから。それでも好きになった女性のためなのだから、せめてわがままを聞いてあげる。そんな心優しい男である。もし「恋愛資本主義」の世界を続けたかったなら、この「アッシー君」に希望を与えるようなメッセージをメディアは流すべきだった。例えば女性誌なら「アッシー君にもペッティングくらいは許してあげましょう』とか、男性誌なら「アッシー君も続ければきっと未来はある」と。絶対に「アッシー君」をバッシングしてはならなかった。
 「恋愛偏差値」の低い人が何とか「恋愛資本主義」の枠内の中で生きようとした悪あがき。それが「アッシー君」だったのだから。
 偏差値と言うと高偏差値ばかりに目が向くが、実は偏差値50から下のほうが人数的には多くなる。
 バブル崩壊後、「アッシー君」は絶滅してしまったという。それは実はアッシー君やアッシー君予備軍達が恋愛市場から撤退し始めた兆候だったのではないだろうか。偏差値についてもう一度念を押すと、偏差値50以下の人間の方が圧倒的に多数派である。そんな多数の人間がもし市場から撤退し始めたらどうなるだろうか。市場が寡占市場だとか独占的競争市場になってしまう。それは本来の理想的な市場ではない。特に財貨ではなく「恋愛」を交換する市場であるならば。
 今までは男性側から見てきたが、女性の方だって同じ事である。全員が女優みたいに美しいルックスがあるわけでもなく、華々しい活動が嫌いな女性だっている。そういう女性にとって、一部の恵まれた女性の「アッシー君騒動」は迷惑だったことになる。自分に相応の男性が恋愛市場から撤退したら、彼女達と一緒になれるはずだった男性とマッチングできなくなる。

 三十代の独身男性や独身女性が増えているという。それは今までの流れを見ていくと当然の帰結だ。そのせいで少子化が止まらないという。「恋愛偏差値」が高い人ばかりに照準を合わせた色々な仕組みに対するツケが今になって回って来たのだろう。恋愛偏差値が高い人々は結婚してしまった。あとは残りだ。この先どうなるだろう。
 ミスター・チルドレンの新曲、『箒星』のビデオクリップは感動的だ。あまり魅力に恵まれていない男女が色々な困難を乗り越えて出会い、恋を成就させる。そんなストーリーだ。多分そのような形で三〇代後半結婚組、四〇代後半結婚組カップルが増えていくのではないか。そんな希望的観測を僕はしている。なぜなら人間は一人では生きていけないものであるから。
 しかしそんなカップル達が子供を作るだろうか。それについては悲観的な見方をしている。自分がこれまで受けた仕打ち、そしてそんな仕打ちを受けた自分たちが作る子供に幸せな未来があるのか。それを考えて子供を作らない選択をする。
 したがって少子化は止まらない。それも全てそのような仕組みを作ってしまった日本のバブルがいけなかったのだ。そう思うとバッシングされた「アッシー君」の声なき声が届いたような気がして救われた気分になる。

  参照文献
   『萌える男』本田透
   『結婚の社会学』山田昌弘
   『若者殺しの時代』堀井憲一郎
    miyadai com
      http://www.miyadai.com/index.php?itemid=360





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Last updated  2006.07.03 18:44:59
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trainspotting freak@ Re[1]:世界の終わりはそこで待っている(06/19) これはさんへ コメントありがとうござい…
これは@ Re:世界の終わりはそこで待っている(06/19) 世界が終わるといってる女の子を、「狂っ…
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zein8yok@ Re:ある保守思想家の死 西部氏によせて(03/02) 「西部氏の思想家としての側面は、彼が提…
trainspotting freak@ コメントありがとうございます aiueoさん コメントありがとうございます…

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