カテゴリ:音楽あれこれ
開演と同時にステージ上のスクリーンに歌詞の字幕が流れ、椎名林檎の歌声が聞こえる。SEかと思っていたら既に椎名林檎はステージの真ん中にいた。次の曲は『真夜中は純潔』にカップリングされていた『シドと白昼夢』のジャズバージョンだった。
ほとんどオーケストラといっていいようなストリングスや管楽器陣とギター、ベース、ドラムスを従えて登場した今日の椎名林檎。そんな今日のライブは、彼女が「椎名林檎」時代に作ってきた音楽をじっくりと聞かせるものだった。 照明、百人くらいはいると思わせるダンサー、ステージ進行、椎名林檎自身の歌や身のこなしや一つ一つの動き、そして椎名純平とのデュエットに至るまで、本当に完璧で全く破綻がなく、それでいて見る者を飽きさせることがないそのステージ。それはまるで純度の高いミュージカルの舞台を見ているような緊張感を感じる。そのミュージカルで演じられているのは「椎名林檎」というキャラクターとその人物がかつて歌った「歌世界」。 彼女のライブを見るのは東京事変名義で二回、そして椎名林檎名義では今回が初めてだが、東京事変のライブを見て思ったように「演じている」という感じを強く持たせられる。そこには彼女の本心なり気持ちが表現されているのだろうけれども、決して彼女の「生身」の身体を見せない。彼女の気持ちなり本心は「椎名林檎」のフィルターを通じて表現される。 たくさんの演奏家やダンサーや歌世界を大掛かりに使って演じられる「椎名林檎」のミュージカルは非常に緊張感がみなぎっている。本編中はMCもなく、その圧倒的なステージは聞く者をどこまでも引き込んでいく。曲間の声援などもまばらで、静まり返ってしまう瞬間もあったほどだった。 そんな緊張感に溢れるステージであるにも関わらず、観客に息詰まりを感じさせることがない。それは多分彼女の音楽の豊潤さが作用しているのだろう。ロック、歌謡曲、ジャズなどをベースにした彼女の楽曲は、単にジャンルを越えているとか様々なルーツを持っているとかそういうことだけでなく、美しいメロディーという力を有しているのだと今更ながらに気づかされる。 個人的にその美しいメロディーの力を強く感じさせられたのは『罪と罰』だった。原曲では浅井健一のハードなギターが絡むガサガサした感触のロックナンバーだったが、今日のライブではストリングス主体のものにアレンジし直されていた。あのヘビーなギターを取り外された形で聞く『罪と罰』。それはそのメロディーやコード進行それ自体が本当に美しく、そして不思議な力を有している曲なのだと改めて実感させられた。 僕は『勝訴ストリップ』発表直後の椎名林檎を生では見たことがない。その頃のライブ映像記録から垣間見られた壊れてしまいそうな危うさや狂気のようなものは今日のライブからはあまり感じられない。 しかし『浴室』の演奏ではそんな危険な感触の演出がされていて、ドキリとさせられた。 ここで個人的な思い入れを述べるなら、『無罪モラトリアム』や『勝訴ストリップ』の頃からもう八年以上の月日が流れたのかという月日の流れとそれに伴う彼女の進化ぶりに色々な感傷やら感情やらを感じざるを得なかった。 あのときの椎名林檎の過剰な受け取られ方やヒステリックに近い大騒ぎ。また、ある世代の「傷」を「新宿系」として演じ、その時代のある一面を自ら傷つきながら表現していた「椎名林檎」。そんな「あの頃」の椎名林檎はもう過去の話だ。それは次第に忘れられ、時間の流れとともに封印されてしまう。だけどそのとき彼女が作った歌やその歌世界はなくならないのだ。そうした時代の空気から切り離されても彼女の歌は色あせることがない。そんな単純な事実に僕は感動を覚えた。 そして誰かから求められたなら、その頃の「椎名林檎」を私は今の自分から連続した形で、いくらでも美しく完璧に「演じる」ことができる。そんなデビュー10年後の椎名林檎の自信と円熟を感じさせてくれた、まさに完璧なライブだった。 椎名林檎/無罪モラトリアム 椎名林檎/勝訴ストリップ 【Aポイント付+メール便送料無料】椎名林檎 / 加爾基 *** 栗ノ花 (CD) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.12.01 00:07:30
コメント(0) | コメントを書く
[音楽あれこれ] カテゴリの最新記事
|
|