サンドラの『Casino Royale』
3月1日の日記に取り上げたサンドラ(Sandra)のニュー・アルバム『The Art Of Love』を何度も聞いて、その中の『Casino Royale』という曲に‘はまって’しまいました。一聴してキャッチーなのは、確かにファースト・シングルになった『The Way I Am』なのですが、『Casino Royale』に言い知れぬ魅力を感じました。 ただ、この曲、ほかの曲と作詞、作曲が唯一異なるのが少し気になっていました。3月2日の日記に『The Way I Am』のMaxi-singleを取り上げ、その中に『Sleep』という曲があって、この『Casino Royale』の‘別バージョン’であるらしいと書きました。 その後調べて、自分の間違いを含めてわかったことがあります。今回のアルバムは‘完全なオリジナル・アルバム’だと思っていたのですが、そうではありませんでした。この『Sleep』という曲はカバーだったのです。 原曲は「Conjure One」というグループ(・・・日本ではCDは一切未発売)の『Conjure One』というアルバムに納められている『Sleep』だということがわかりました。しかも、この曲は、「Conjure One」自体がシングル・カットしたほどの曲でした。それで、早速、「Conjure One」のアルバム『Conjure One』とMaxi-singleの『Sleep』を購入して聞いてみました。「Conjure One」のMaxi-sibgleバージョン(「Ian Fan Dahl Remix」)は、原曲とはかけ離れたビートの聞いたアレンジで驚きました。比べようがないので、ここでは比較の対象から外します。 サンドラの前のアルバム『The Wheel Of Time』の中の『Such A Shame』は、イギリスの「Talk Talk」の同名の曲のカバーでした。私はサンドラの『Such A Shame』を聞くまで、実は、「Talk Talk」というグループを知らなかったのですが、1980年代には結構人気があったグループのようです。それで、‘試し’に「Talk Talk」の『Such A Shame』が入っている、“80年代のビデオ・クリップ集”(DVD)を買ったのですが、明らかにサンドラのバージョンよりいいと思ったんです。誰かのカバーであっても、セルフ・カバーであっても、最初に聞いたバージョンがいちばんいいように思える中で、自分の大好きな歌手が歌っているバージョンより初めて聞く歌手の歌っているバージョンのほうがいいと思ったのは、あとにも先にも‘これ1回’です。その後、「Talk Talk」のオリジナル・アルバムは、品切れのラスト・アルバムを除いてすべて買い揃え、しばらくはそれらばかりを聞いていました。あとのほうへ行くほど難解な曲ばかりになり、ファンもついて行けなくなってしまったのではないかと思いました。 さて、『Sleep』ですが、「Conjure One」のものとサンドラのものとで、既に違います。そして、サンドラの『Sleep』と『Casino Royale』でもまた別のものになっています。個人的な‘結論’から言うと、出来は、 サンドラの『Casino Royale』>「Conjure One」の『Sleep』>サンドラの『Sleep』 です。 サンドラの『Sleep』は曲のいちばん気分が高揚する部分が省いてあるのです。曲の展開は、「Conjure One」の『Sleep』は1番が「A」→「B(サビ)」、2番が「A」→「B(サビ)」→「C(別のサビ)」、さらに別のパート「D」があって、「A」の後半→「B」→「C」で、最後はフェード・アウトせずに終わるという構成になっています。それに対して、サンドラの『Sleep』は単純で、1番が「A」→「B」、2番が「A」→「B」→「C」、間奏を挟んで、「B」を繰り返してフェード・アウトして終わりです。(・・・つまり、「D」がない。フェード・アウトする「B」の前に「A」の後半がない。)『Casino Royale』は、1番も2番も「A」→「B」→「C」→「C’」で、その後、間奏を挟んで「B」→「C」で、最後はフェード・アウトせずに終わります。アレンジにまったく過不足がなく、‘完璧’な仕上がりです。『Sleep』とは違って、1番と2番の間に間奏があり、右から左にはっきり流れるドラムが高揚を誘います。 しかし、何と言っても『Casino Royale』の魅力と言ってもいいのは、どちらの『Sleep』にもない「C’」の終わりの部分に、“Casino Royale!”というシャウトがあることです。それと、「Conjure One」の『Sleep』とは「C」の部分の歌詞が違います。ここが“(Sleep with me tonight, deep with me tonight.) You play with fire, they want your skull, a spell of desire, affaires fatales, play with me tonight.”となっていて、力みの入ったボーカルが、「A」の部分でかったるく頼りなげに歌っていたのと対照的で、メリハリがあります。その後、今度は力みの入ったウィスパーで、“Affaires fatales, a spell of desire”と続き、極めつけのシャウト“Casino Royale”で1番が終わります。イントロも曲のイメージに合ったものに変えられていて、毒のない「Conjure One」のボーカルの曲と比べると、全体としてヨーロッパの伝統的な‘不気味さ’さえ感じられるほどの仕上がりになっています。 ミステリアスなメロディーとあいまって、サンドラのかったるいボーカル、ウィスパー、シャウトが盛り込まれた完璧な曲です。歌詞にフランス語を混ぜたのも、曲をミステリアスな雰囲気にするのに成功した要因ではないでしょうか。 サンドラは父親がフランス人ということもあって、フランス語が少しわかるようですが、発音は英語よりむしろフランス語のほうが上手です。フランスのテレビに出演したときの受け答えのフランス語を聞いても、Enigmaの『Sadeness Part 1』や『Voyageur』のウィスパーを聞いても、そう思いました。 ところで、『Casino Royale』の中の“affaires fatales”は、サビの中のはじめのほう(メロディーのあるほう)は‘英語的’な発音(・・・フランス語を英語に取り入れた語としての発音)ですが、2度めのほう(ウィスパーのほう)はもろにフランス語として発音しています。“skull”と“fatales”“Royale”の最後が「韻を踏んでいる」と言うには、ちょっと無理がありますよねぇ・・・。(“affaire fatales”の‘fatales’は、フランス語として歌の中に出てくれば3拍になるはずなので、『Casino Royale』で2拍で歌っていることから考えると、メロディーのある部分では‘英語的’に発音しているのだと思います。)タイトルの“Casino Royale”は‘英語的’に発音していますね。(‘Ca-’の部分の発音とか、‘r’の発音の仕方でそう思います。) この“affaires fatales”って、英語になってるんでしょうか。“femme fatale”は辞書にも載っているし、デュラン・デュランの曲のタイトルにそのままなっていたりするので、「男を破滅させる女」「危険な魅力を持った女」という意味でアメリカ人、イギリス人にはわかるのでしょう。でも、“affaire fatale”は載っていないし、試しにGoogle!で検索しても、ヒットする数はわずかに‘44’。歌詞の中で使われている複数形だと、‘4’しかありません。それも、ざっと見たところ、英語のサイトはまったくなしです。「運命的な出来事」「致命的な事件」とでも考えればいいんでしょうか。 それにしても、“I need lips to devour”、“They want your skull”、 “A spell of desire”などの歌詞に見られる「devour(むさぼり食う)」「skull(頭蓋骨)」「spell(呪文)」など、‘普通’のポップスでは聞かれないことばですよね。特に若い頃のサンドラの歌からは想像もできません・・・。 欲を言えば、初期の頃の曲『(I'll Never Be) Maria Magdalena』や『In The Heat Of The Night』で聞かれた男性ボーカルとの絡みがないのだけが少し残念です。 まったく初めて聞いた曲を4日後には覚え、今はこればかり口ずさんでいます。