宮本輝『オレンジの壺』
いつも苦手な宮本作品のヒロインだけど、この佐和子さんは好きだ。25歳にして離婚歴があり、前夫に言われた「石のような女だ」という言葉を引きずっている。女としての魅力に欠けているんだわ…と自虐から抜け出せないのだが、いや、超お嬢様だし。父親からポンと二千万円の小切手、別荘、お祖父様の秘書、パリからエジプトへ。客観的な描写が一切無いのが、想像の余地があって良い。きっと、地味ながらも質の良い洋服や小物を身につけているのだろう。物語の軸は、創業者である祖父が残した1920年代、パリでの日々を綴った日記。祖父は、跡取り息子でもなく他の孫でもなく、佐和子だけに日記を託した。大きな世界大戦に挟まれた不気味に静かな数年間。ヒトラーが活動を始め、日本の軍部が力を持ち、各国が中国の領土を欲しがる。そんな時に、パリに降り立った一人の日本人の青年(だった祖父)は日記に様々な謎を残した。推理小説ではないので、その謎の多くは未解決だ。それを消化不良と取る読者もいるだろうが、私は大いに満足だ。日記の中の情景や人々は、どことなく物悲しく、暗く、謎めいているゆえに不気味でもある。だけれども、現代に生きる佐和子(と同行者の青年、滝井)がその奇跡を追う様子は、わくわくするしロマンを感じる。それから、ストーリーの節目節目で、滝井が飲むお酒がすごく美味しそう。濃いめの水割りが似合いそうな、そんな本だった。文庫 オレンジの壺 下 / 宮本輝