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カテゴリ:国内小説感想
あいかわらず、おそろしいものを書いてるな、この人は。
汚い街からまた一人いなくなる。送別会の夜、「仲間」とでも呼ぶしかない集団の中、10人ほどの中からそれぞれ東京、名古屋、岡山と抜け落ち7人となり、あてもなく北海道へ「早ければ3日、長くて2年」とふざけた予定を立てて旅立つ鼻ピアスもいなくなる。 2年、3年振りの顔もある。2週間前に一緒に騒いだ顔もある。パソコンを通じて毎日繋がってる顔もある。久し振りに見る者の顔は皆一様に痩せており、腕だけは逞しく鍛えられ、昔は痩せぎすだったこちらを見て様変わりした面相に少し驚く。 一番付き合いの長い、仲間内でただ一人夢を叶えつつある者が「俺たちも大人になった」としみじみとこぼす。言った当人が午前5:30カラオケ部屋の天井を拳で突き破り先の言葉を嘘へ返す。早朝の朝ゴミ箱に放った小便はその後すぐに来たゴミ回収者に乗せられた。いつも思う。この中で私は一人浮く。「兄弟よ、われらの朝を他愛もない唄で浪費せしめよ」とタゴールの詩句が口をついて出たのは後日のこと。 帰りの電車の中、眠ってはどこまでも行く、と張り続けた意識の中で「古井由吉の新刊『野川』読まなきゃな」と繰り返していた。 繰り返される「忿怒の相」「忿懣」。前作『忿翁』の翁の影がちらちら見える。勤め人の友人から見れば安楽に見える稼業につき何十年にもなる「私」、学生時代「私」に語った、下宿先の女主人との関係をぼそりぼそりと「私」に思い出されている内山、内山ほどには親しくなかったが、数年に一度会い「私」と酒を呑む井斐。三人を中心に、あるようなないようなストーリーの中、何度も読んできたような古井由吉節の中に取り込まれて文体を犯され困る困る。夢の中でさえその文体に引きずられ行動する。読む前に二つ見た『野川』の書評はどちらも、井斐の昔語った空襲時の光景をが主であるかのような書き方をしていた。分かりやすく説明するためとはいえ、古井由吉の近作を紹介するのは簡単なことではないなと、苦労を想った。 人は逆に考えるかもしれないが、若いほうが魂は離れやすい。若い魂は身体の走るにつれてその先になり後になり飛び回り、身体が立ち停まれば、寄り添ってくる。老いた魂は居眠りひとつでぽっかりと浮きそうに見えるが、宙にはぐれるのをおそれて、離れる力もなくて、身体がそろりそろりと足を運んでいても、そのひと足ごとに縋りつく。 『埴輪の馬』より この家にもこれまでいろいろな事がありまして、夜中にいきなり起き上がって家の中をひっそり歩き回る人間の、狂いかけた足音をもう何人も、十年も二十年も、息をひそめて聞いて来ました、いえわたしでなくてこの家が、建具や天井が人の心の乱れに敏感になっているのです、家を出たり入ったり夜明けまで落着かず歩き回りながら結局は誰一人として叫ぶどころか廊下に足音を荒げるまでにもなりませんでした。 『彼岸』より 寒いな、呑もうか、と私を誘いかけて、いや、やめておこう、人違いをされて帰ったその夜にあさましい夢を見ていよいよと思い知らされた、郷里のほうのことだ、酔っても口には出せないな、と眉をひそめたが、百年経ったらまた来て、とあの人は言ったよ、それぐらいは待てるさ、二十五年を四度重ねればいいんだ、とまた笑って小手をちょっと振って歩き出した。 『子守り』より ある夜、テラスに立って見せかけの木深さにまた首をかしげるうちに、故人の声が聞こえて、亡者紛いの粗忽な顔も見えるようで、一人で笑い出した。墓場の下から笑い声が立つので、何事かと怪んで人にたずねたら、あれは百年前に聞いた冗談にいま合点が行って顎を震わせているところだ、とそんな話を思い出すと笑いはさらに止まらなくなり、どこぞのくぐもり声と共鳴するようでもあり、今夜はどういう気象の加減だか、見せかけの守の底に、見せかけの河が流れて、白い靄が立ちこめている。しかし、故人の冗談を未亡人から聞かされたのは本人の一周忌の法事の席であり、一種会心の感に打たれて場所柄弁えず私が腹をかかえた時には、冗談の主はもう一年も、死んでいた、とおかしな数え方をして笑いは止んだ。人が何年死んでいるとは、言葉としては成り立たないこともないが、百年目に地の底から笑い出すのよりは、考えてみればよほど難題だ、とこだわった。 『森の中』より うだる暑気にも馴れ、健康な体を保っているので、このような文章を書き写してもかろうじて正気でいられる。『聖耳』を読んで寝込んで以来、古井由吉の読み方には気をつけている。 検索して書評を集めてみた。 朝日新聞の書評 新刊書を読む~藤本昌司のおすすめ本 毎日新聞サイト内 今週の本棚:高井有一・評 『野川』=古井由吉・著 書評には難しい本だと見える。 好きだ。 古井由吉『野川』2004年 講談社 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004/07/22 11:40:38 PM
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