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カテゴリ:一族
私の母方の祖母が他界し、今日、葬儀に参列してきた。
享年97歳。満で95歳だったそうだ。 俗に言う「天寿を全うした」というやつだ。 小学校の中学年まではよく祖母の家に泊まりに行ったが、実は祖母の生い立ちとかはよく知らない。 住職さんや喪主(叔父)のあいさつで初めて知ったこともあった。 40代で夫(祖父)を亡くし、私の母を含め6人の子どもを女手一つで育ててきたそうだ。 そういえば、物心ついた頃から祖父はいなかったなぁ。 毎年行くたびに仏壇に手を合わせてはいたが、遺影がどんなだったかまったく覚えていない。 祖母の最後の7年間は、脳梗塞を患ったおかげで入退院の繰り返し。 穏やかに微笑んでいる祖母の遺影の髪が短いところを見ると、入院中に撮った写真なのだろうか。 しかし、祖母の遺影は私の母にそっくりだった。 娘だからしょうがないが、まるで、母の葬式のようである(笑)。 おかげで、今、母が死んだら遺影に使える写真はあるのだろうか……と、 そんなことを考えてしまった。(母よすまぬ……。) 生前、サツキを育てることに情熱を傾けており、鉢植えが数百もあったとか。 夏休みに泊まりに行くと、植木の水やりが孫の仕事だったのを思い出した。 じょうろで水をやる、というような生易しいものではなく、 ホースで散水していたような記憶がある。 これから、その鉢の世話は誰がやるんだろうか? 叔父は忙しいからまず無理だろう。 叔母がやるとは、到底思えない……(笑)。 園芸のお友達に形見分けでもするのが妥当な線か。 数年前に、一度だけ病院に見舞いに行ったことがある。 入退院を繰り返す中で認知症の気も出てきていたようだが、 その頃はかろうじて私のことも覚えているようではあった。 95歳まで生きるのはどんな心持ちなのだろうか。 朝日新聞の「暮らしの風」という読者サービス誌(?)に 400年(!)生きた貝が発見されたことに関する記事があった。 貝なのに、400年。 アイスランド沖の海底で、400年。 よくまあ、今まで誰からも発見されず、何からも食されず生きていたものである。 これからも生きていくのだろうか、その貝は。あと何年生きるのだろうか。 私はあと何年生きていられるのだろうか。 なんだか最近は、毎朝必ず、人が殺されたり、事故で死んだニュースを聞かされる。 昨日まで、さっきまで、元気でぴんぴんしていた人が、 自分の予測の付かないところで、突然、命の幕を下ろされるのだ。 その人個人について天が定めた寿命であるならば、 それもやっぱり「天寿」であるのだろうか。 そうしたニュースに接するたびに、 たいした病気もせず、事故にも遭わず、殺されもせず、 この年まで生きてこられたのは幸せなことなのだなぁ、と思わずにはいられない。 (でも、ぎっくり腰は痛い。) そろそろ、これまで生きてきた日数よりも、 これから生きていく日数の方が少ないという年齢にさしかかってきた。 そう考えると、日々をダラダラ過ごすようなもったいない使い方はできないかな、と 思わないでもない。 でも、貝は400年間、ただ、生きていた。 ダラダラでもなく懸命にでもなく、昨日も今日も明日もなく、たぶん普通に生きていた。 生まれたから、死ぬまで生きていく。 ……だんだん何を言いたいのかわからなくなってきた(笑)。 私が「網」にかかるのは果たしていつなのか……。 さて。 私は、いろいろ思うところあって「祖母不幸な孫」でしたが、ばーちゃんの冥福を祈ります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年02月03日 02時03分45秒
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