カテゴリ:国語
江國香織さんはぐっと熱い、体温を感じさせるような雰囲気を持つ方です。
ご本人はどうもふしぎ系、インタビュー記事など拝見すると、レジを打てば、桁を二つ間違えて即日クビになるとか、作家になるべくしてなったのか、作家になる素養が他の能力に比べてずば抜けていたとしか思えないエピソードを沢山お持ちだそうです。 神様のボートには二人のって流されています。母と娘です。子どものほうは有無を言わさず親に引きずられていき、最初はそれが当然と思っていても、成長していくうちに母に、自分の境遇に疑問を感じ、自分の意思をもち、やがてボートをおります。その過程がとても上手いのです。ああ、そうそう、親って理不尽だよね。小さいうちは仕方なく嫌とも感じずに一緒に乗っているけれど、そのうち自分の生活ができてきて、やがて船をおりるものなんだよね。そして、親が子どもに注ぎ続けたもの、親が思ってもみないふとした習慣や口癖が、船を降りても子どもの体の中に血液のように流れているんだよね。 設定はかなりふっとんでいて、現実感がないので一種のファンタジーとも言えますが、子供の成長に伴う変化は生命力にあふれたリアリティがあります。 小さい子どもは親の理不尽にただ振り回される。嫌という意思さえもてない。 転勤族の我々としては神様のボートならぬ、会社のボートで流されているわけで、しかも時には沈むボートでもあるわけで、なかなか痛い思いをして読みました。 一部性的な艶っぽい描写がありますので、通して子供に読ませることはできませんが、家に転がしておけば早熟な子どもは勝手に読むかもしれません。部分的にはぐぐっと「使える」文章があり、母と娘の2面を交代で書いているので矛盾なく子供の気持ちを場面ごとに切り取れます。 枯れてきたなあと実感するをんなにはなかなか良うござんしたよ。何しろ「骨ごと溶けるような恋」ですからね。前にそんな恋をしたのは二昔近く前だろうか。骨は溶けなかったが昼も夜も一続きに生のまま裂かれるような残酷さがあった。 うん。やっぱり恋は狂気なんだよ。正気の沙汰ではないね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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私は18の時、ボートを途中で降りました。
今思えばたいしたやつではなかったけれど。 「親のボートに乗っていることは忘れさせず、でも舵は自分が取っている気持ちにさせて、しかし舵の動く幅は親が決めている」てのを考えてるかな、私は。 まだ降ろすわけには行きません(笑) (2006.08.08 00:54:38)
ツァオさん、コメントありがとうございます。
>私は18の時、ボートを途中で降りました。 ツァオさんが降りたのは18の時なんですね。私は24の時です。晩生だったので。降りた理由は結婚です。結局一人でボートに乗っていられないんですよ。 >「親のボートに乗っていることは忘れさせず、でも舵は自分が取っている気持ちにさせて、しかし舵の動く幅は親が決めている」てのを考えてるかな、私は。 おお。理想的ですね。一歩引いて父親としてみる。私はボートから降りるなんて言われたら、わあわあ泣いて引き留めそうです。やっぱり一人でいられない。 >まだ降ろすわけには行きません(笑) そうですね・・・でもお兄ちゃんはあと数年かもしれませんね。子育てって渦中は嵐だけど過ぎ去るのも早いですね。 今日はいい子、いい子となでてみます。ありがとうございました。 かしこ (2006.08.10 12:50:20) |
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