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外は横殴りの雨だから、キミは傘をさしてはいたけれど、すっかり濡れてしまったね。
「冷たいよ、身体。とにかく脱いで」このままでは、風邪をひかせてしまう。 でもキミは私を抱きしめながら「じゃあ、瑠璃も脱いで」と言ってきた。 「こら、意味が違うの!」 無理やり着ていたTシャツをたくし上げて剥がしとり、バスタオルで包(くる)む。 今日のTシャツは淡いグレー地に黒の幾何学模様が入っている。 モノトーンが好きなのかな? そうかキミくらいの年齢だとそうかもしれない。 今、キミが何を欲しているのかはすぐに判ったけれど、このまま隣の部屋のドアを開けたくはなかった。相手はまだ高校生だけど、だからそんなことは考えもしない?とも思うのだけど、言いなりになる女だと勘違いされたくはないんだ。 「どうしていきなり来たの?」脱がせたTシャツをエアコンの風が当たるイスの背にかけながら、大人びたトーンで言ってみる。 キミはじっと私の顔を見つめ、意外そうな表情をした。 「来ちゃ、まずかった?」 「そんなことないよ。でも・・・ときどき響司が何を考えているのか判らなくなる」って、ときどきなんかじゃない。いつもなのだけれど。 「瑠璃にすっごく逢いたくなったんだ」 「朝、起きたら?」 「うん」 笑ってしまった。子供みたい。逢いたいから来ちゃう。 キミは心の泉から湧き出る感情のままに行動する人なんだね。 「じゃあ、許してあげる」 タイミングを逸したからか、キミはおとなしくソファーに座り、濡れたGパンを脱いでタオルで脚を拭き始めた。 足元に猫たちが集まり、頭をキミの脚にこすりつけて甘えている。 キミは1頭ずつその身体を撫でながら 「瑠璃お姉ちゃんは怖い? 怒ったりする?」と聞こえよがしに問いかけた。 だからね、私も「うちの瑠璃ママはすごくやさしいニャン」猫の声色で答えてあげたんだ。 「寒いよ、瑠璃。布団にもぐってもいい?」 これ以上私も我慢ができなかった。うなずいて、ベッドルームのドアを開け、キミの背中をそっと押したんだ。 キミとこうして過ごすのは、まだ2日めなんだね。キミのことをもっと知りたい。 でもたくさん話をして心を通わせることより、身体を交じあわせることの方を人はどうして選んでしまうのだろう。 触れあうことで一瞬でもすべてを解りあえたと感じてしまうのは何故だろう。 やがてキミは私から身体を離すと、「ねえ、瑠璃は我慢できるタイプ?」と聞いてきた。 「何のこと?」 「昨日ね、母ちゃんや親父と話して、受験やデビュー前のスケジュールっていうか、どういうふうにするか決めたんだ」 そうか、それで急いでいたんだね。私は次の言葉を待った。 「オレね、どうしても大学は行きたいんだ。っていうか、オレの中で、ずるいかもしれないけど逃げ道を作りたいって思ってて・・・」 「逃げ道?」 「うん。オレのかあちゃんは昔、歌手だったことがあるんだよね。でも最初の3枚くらいしか売れなくて、あとは地方での営業? デパートの屋上で歌ったり、スナックみたいなところを廻ったりさせられたんだって。 でね、時々同じような仲間と仕事先で会ったけど、みんな売れてなくても地方に行けばチヤホヤされるから、普通の仕事とかに移れないでいるんだって。(いつか売れる、いつか売れる)って思いながら歳をとっていくんだって」 うん、知ってる。私の周りにもそんな人はたくさんいる。 CDを出したことがあったり、テレビに1度でも出たことがある人は、地方に行けば“芸能人”として特別な扱いを受けることも少なくない。 1度スポットライトを浴びたり、歓声の真ん中に身を置いたことがある人は、その華やかな感覚を忘れられなくなってしまう。 しかも営業であれば1日で何万かのお金が入る。とても月給や時給がいくらといった地道な世界には入って行かれない。 「オレね、だから大学に行きたい。他の道をキープしておいて、それで歌で食べていけると思えたらそっちの道を選ぶけど、無理そうだと思ったら、諦めるとか、本業を持ちながら、たまにアルバムを出すんでもいいかな、って。ねえ、ずるいかな? こういうの」 すぐに否定してあげたかった。 「そんなこと、ないと思う。響司の人生だもの。冷静な判断だと思う」 「よかった。でもね、受験勉強のために、夏休みは予備校に通うし、他にも家庭教師が週3日つくことになったんだ。夏休みにはジャケットの撮影とかもあるし・・・」 そこまで言って、キミは私の目を覗き込んできた。 「ねえ、瑠璃。ここの合鍵、くれない?」 え? またまた唐突なセリフに驚かされた。合鍵? 「だって、オレ、瑠璃になかなか逢えなくなると思うんだ。だから瑠璃がいないときでも時間があったらここに来たい」 「ここに来て、どうするの?」頭の中でいろんな思いが、角度を変えて稲妻のように走る。キミは私との仲をどう展開させていこうというのか。 「だって、逢わないでいて瑠璃に他に好きな人ができたら・・オレ、どうしたらいいか判んない・・・」 キミはそういうと再び強く私の身体を抱き寄せた。 愛されているの? キミのその言葉に嘘はないよね。 「響司は私をどれくらい好き?」 「どのくらいって・・・このくらい・・・」 キミは痛いくらいの力で抱きしめてくる。 戸惑っている。戸惑っている。キミを信じたい。 でも・・・キミの今の感情がずっと続くという保障はどこにもないんだよね。 合鍵・・・どうしよう・・・。キミをどこまで信じたらいいのだろう? キミを失いたくない。 でもこんなに激しい想い、はいつしか薄れ、やがて消えていく。その日を迎えるのが怖い。どうしようもなく怖い。 もう昔のように、素直に飛び込んではいけない私が、ここに育ってしまっているんだよ・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年07月10日 16時15分10秒
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