６月7日の朝にいきます

私の詩を楢咲ユミの作品として受け取ったキミから、電話があった。

「本当のこと言うとね、オレ、人の詩に曲をつけるのって初めてなんだ。
なんか難しそうだよ」
キミは依頼を受けた時の勢いとはうって変わって、かなり不安そうな声をあげている。

「いつもはどうやって創っているの？　詩が先なんじゃなくて、曲と同時？」
初めてシンガーソングライター・ＫＹＯＪＩの部分に触れるね。
「うん、１コーラスめは、たいてい同時。２番や３番の歌詞はあとで考えるけど」

「楽器とか使って創るの？」　
知りたかった。
キミの曲は多分、ギターではなくキーボードを使って作曲しているはず。
メロディの運び方でなんとなく判る。

「うん、ピアノ。うちね、母ちゃんが音大行ってたから、ピアノ、あるんだよ」
そうなんだ。歌手だったとは聞いていたけれど。

「母ちゃんが大学生の頃って、テレビのランキング歌番組がけっこうあったんだって。
で、それってほとんど生だったから、売れてる歌手は・・・
ランスルーっていうの？　通しのリハーサル、その時間に間に合わなくて。
しかたないから、カメラ割りとか決めるために代役で歌う専門の歌手を使ったんだって。
母ちゃんはバイトでそれをやってたときにスカウトされた、って言ってた」

そうなんだ。最初から歌手志望ではなかったから、
響司がプロになることに対して、冷静な判断ができるんだね。

ピアノ・・・。
そういえばプロフィールには“家でピアノの弾き語りをしていた時にスカウトされた”ってなっていた。
弾けなければデビューしてから困るもの。
「じゃあ、コンサートとかでは弾き語りにするつもり？」
「ううん。そこまでうまくない」
キミの笑い声が響いた。「多分、１曲くらい・・・だけかな？」

何故か安心した。
ピアノまでプロ並みに弾けたら、かっこよすぎるよ。
「でも…楢咲さんのキーも考えて創らないといけないから、たいへんだね」
キミがどこまで解っているのか、ちょっぴり探りを入れてみる。

「うん、けっこうキーが高いんだ。広いしね。だから自分の歌より広くしないとダメだよね？」
助けを求めているような口ぶりが嬉しかった。
「彼女は高いキーで歌う曲が多いよね。いじらしい感じが出るからじゃない？」
さりげなくヒントを与える。

もうひとつ、とても気になっていたことも聞いた。
「詩は、どう？　いい感じ？」
気に入ってほしい。だって、本当は私が書いたんだもの・・・。

「うん、今までの感じとちょっと違うんだ。でもね、サビの部分に
“願わくば　続け　この縷々たる流れ”っていうとこがあって、オレ、そこがいちばん好き」
よかった。私もそこを強調したかったんだよ。

「もし悩んだら、いつでも言ってきてね。私、何か資料になりそうな曲、探してみるから」
キミに頼ってほしかった。

でも…何故、楢咲ユミサイドはＫＹＯＪＩに曲を頼んできたのだろう？
まだデビュー曲とそのカップリング曲の２曲しか公にはしていない。
その２曲が気に入ったのか、それともキミには内緒で石井プロデューサーが話を薦めたのだろうか？　

キミの歌は発売７週目で、ついにベスト10入りをした。
おそらくテレビや雑誌のインタビュー依頼がたくさん来ているだろう。
でも、そのことがキミの耳に届けられても、実際にマスメディアの前に出なければ、実感はわかないよね。

12月１日のキミのバースデーが気にかかった。
逢いたい。当日に逢わなければ意味がない。

キミにメールで確認を取る。
「それがね、ヒットのお祝いも兼ねて石井さんが夕飯をご馳走してくれるんだって。
でも６時からにしてもらったから、その前に少しだけでも瑠璃に逢いたい」
「じゃぁ、何時にどこがいい？　うちに寄る時間はある？」
そう返す。

「学校が終わってから着替えて行くし、瑠璃のマンションだと時間がないよ」
そうなんだ。また外でしか逢えない。
「じゃあ、５時に新宿あたり？」
わずか30分の逢瀬だね。

それでも逢えるだけ嬉しい。
キミが18歳になる大事な日だから、どうしても逢いたい。逢っておきたい。
キミとの未来が明るいものであるなら、ふたりで振り返ったときの確かな道標に。

もしも途中で道が分かれてしまうのだとしたら・・・
それでもキミの人生の中で、
おそらくいちばん美しく揺れ動いた青い季節の中に、
私の存在を閉じ込めるために・・・。