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インターフォンのチャイムが鳴る。
そして、キミの声が流れる。 でも・・・いままでのようにはしゃいだ気持ちで迎えることはできない。 だってキミの心は、もう私には向いていないんだもの。 ドアを開けて部屋に通す。 キミはすごく自然な感じでソファーに座るんだね。 まるで恋人同士だったあのころのように。 「姿勢、すごくよくなったね」 思わず口をついて出ていた。 前は少しだけれど猫背だった。ダンスレッスンを重ねている成果なのだろう。 「うん、最近、よく言われる」 キミは足元にすり寄っていった紫陽子を膝の上に乗せると、私が対面に座るのを待った。 「・・・瑠璃。オレね、よく解らなくなった」 何も返さず、キミの口元を見つめる。次に発せられる言葉は、何? 「ダンススクールでね、プロのバックダンサーの人たちから変な噂を聞いたんだ。 ユミさんには15歳の時からずっと付き合っている人がいたって。 で、その人は、お父さんぐらい歳が離れている人だって」 「・・・?」 「ユミさんが言ってたんだけれど、彼女は小さい頃にお父さんを亡くして、 それでお母さんがすごく苦労して、ユミさんや妹、弟を育てたって」 「妹さんや弟さんもいるの?」 初耳だった。 「うん。お父さんが亡くなった時、ユミさんは5歳で、妹は2歳、弟は1歳だったって。 でね、お母さんが働きに出て、すごく苦労してるから、 それでユミさんはこの世界に入ったって言ってた。 妹や弟の学費だけでも助けてあげたいから、って。 それで、近い将来に家を建ててあげたいって」 そうなんだ。おそらく本当のことなのだろう。 ただ・・・それをキミに打ち明けた真意は・・・ キミへの印象をよくして、事務所に誘うという魂胆だったんだよね。 「最初、ユミさんはオレを誘ってくれて、オレのこと、好きだって言ってくれた。 あ、ごめん。瑠璃にこんなこと言っちゃいけないのは解ってる。 でも、瑠璃しか相談できない。だって、ユミさんは芸能界の人だからね」 そうか、友達に相談したくても、ユミさんはトップスターだもの。 かといって、スタッフに話すこともできないよね。 キミは何かに夢中になると、他のものが見えなくなる。 私の心も・・・解っていると言いながら、見えてなんかいないんだ。 「それで?」 キミは何が不安なの? くやしいけれど、聞いてしまう。 突き放せない。 「お父さんぐらい歳の離れた人を7年くらいも好きでいた人が、 どうして年下のオレとつきあう気になったんだろう。 それにね、逢っていても、仕事の話が多いんだ。 クリスマス・イヴって、女の人は恋人と過ごしたがるよね。でも、何も言わない。 予定とか、そういうの、何も聞かない・・・」 前にもあったね、こういうこと。 そう、私の元夫がカメラマンの佐伯だと知ったとき。 キミは一見ひょうひょうとしているように見えるけれど、 実はすぐに心が揺れてしまう弱いところがある。 そんなところに私の母性本能がリンクしたんだね。・・・多分。きっと。 「オレ、思ったんだ。 ユミさんが15の時からずっと付き合った男性って、スタッフじゃないかなって。 だって、普通はあんなに忙しい中でずっ~と付き合っていたらバレるし、 それでも何年も付き合えたってなると、スタッフでないと考えられない」 気がついたの? 磯貝さんのこと。 「そうなのよ。彼って磯貝さんなの。そして、今でもふたりは別れてなんかいないわ」 そう言ってしまいたい。 でも・・・言えない。 「瑠璃、何か聞いていない? 噂でも何でもいいんだ。 オレ、ユミさんの事務所に入ることはやめようと思ってる。 でもユミさんには何て言ったらいいのか・・・。 ユミさんからも誘われているから、黙っているわけにもいかないし」 キミは察しているんだね。 事務所入りを断ったら、ユミが去って行くかもしれないことを。 でも私、今の響司に何を言えばいいの? 言葉が見つからない。 ユミがキミを愛していないことを知っているから。 その場しのぎの気休めは、キミをただ傷つけるだけだから・・・。 考えるふりをして、お茶を入れた。 一応用意しておいた小ぶりのクリスマスケーキも、 冷蔵庫から出して、お皿に移し、回りにフルーツを飾る。 キミは何かを書こうとしたの? いきなりソファーから手が届くところに置いてあるメモスタンドを引き寄せた。 その瞬間、横に立てかけてあったノートが落ちた。 「わっ、ごめん・・・」 慌ててキミはそう言った。 「そのままにしておいて」 軽い気持ちでそう答えた。 「・・・瑠璃、これは、何? なんで瑠璃のノートの間に、これが挟まっているの?」 キミは、拾い上げたレポート用紙を凝視していた。 そこには、何度も悩みながら下書きをし、そして完成に至る経過が読み取れる、 ユミの新曲の詩が書かれてあったんだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年10月25日 14時02分36秒
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