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キミのレコーディングは予定よりもかなり長引いていた。
アルバムの中の曲をメインに、この夏、初のコンサートツアーを行うのだ。 KYOJIにとって勝負のレコーディング。 妥協は許されないのだろう。 疲れ果てている様子が深夜のメールからうかがえた。 許されるなら、夜食を作って届けたい。 でも叶わぬこと。 せめてメールや電話にオンタイムで返信したい。 そう思ったのだけれど、私のスケジュールも徐々にタイトになってきていた。 事務所が取ってきてくれた連載エッセイは、頑張っている甲斐あって読者の反響もいいようだった。 今まで書かせてもらっていた雑誌よりかなり発行部数が多いから、私の名前も徐々に知られていっている。 載せている顔写真のイメージがいいことも、私の評判を上げているようだった。 佐伯が撮った私の写真は、柔らかい光に包まれている。 さすが“光を操る写真家”と呼ばれるだけのことはある。 雑誌の立ち読みもままならない響司には、写メールで送った。 「やっぱり佐伯さんは瑠璃のこと、解っているよね。とっても瑠璃っぽいもん」 キミは電話の向こうで、少しやきもちを妬いているようだった。 「やさしくて、でもどこか奥が覗ききれない、っていうの? 不思議な魅力がある人、って感じに写ってる」 「そうかな? でもね、佐伯さんが撮ると誰でもこういう感じになるんだよ。 響司の写真も逆光の中ですごくきれいで、なんか普通の人とは違う、って感じになってるもん」 「うん、確かに“オレってこんな顔もするのかな?”って思った。 カメラマンの腕って言うか、個性によって、こんなにも写り方が変わるんだね」 キミはそう言って納得したようだった。 響司、佐伯さんはね、プロの仕事をしただけ。 私のことを解ってくれていたなら、離婚になんて至らなかった。 ・・・それに私、今はキミしか見えないよ。 それだけは信じてね。 山室氏から電話があった。 ローカルテレビから生出演の依頼が来ているという。 「注目株の女性、というような企画でね、20分枠なんですけれど、 キー局ではないし、生の練習をするにはちょうどいいかと」 生放送は上がってしまって苦手だと言ったことを指しているのだろう。 もうテレビ生放送の仕事?! ・・・自信がない。 断りたかった。でもそれは許されなかった。 テレビの仕事も受けると、事務所に入る時に約束が交わされたから。 逃げてもいずれやってくる試練。 ただ東京や横浜では映らない局だから、知り合いに見られることもまずない。 そうね、生の練習をするにはいいチャンスなのかもしれない。 「いつでしょうか?」 務めて落ち着いた声で尋ねる。 「急なんですけれどね、明後日の正午からの番組なんですよ。大丈夫ですよね?」 自分で取っている分のスケジュールは、その都度、山室氏に報告してある。 確かに明後日は短いエッセイ原稿の執筆しかない。 「では、初めてですから私が同行します。新横浜から乗りますよね。 チケットの時間はあとで連絡します」 ん? 台本はないの? 当日渡しになるのかしら? こんなふうに急に決まる仕事がどんなものか、私は知っている。 本当はすでに決まっていたゲストが、ドタキャンしてきたのだ。 山室氏もそれを解っているはず。 もしかしたら、ドタキャンを出したのは同じ事務所所属の人? 慌てて私を売り込んだのかもしれない。 多分・・・そう。 でもここは気がついていないふりをしよう。 うまくしゃべれて、視聴者に「また出て欲しい」と思わせられたら山室氏の期待に沿える。 響司にはメールで知らせた。東京では見られないから、安心。 だって、すでにテレビ慣れしているキミに、みっともない姿は見せられないもの。 好きだから・・・見せたい部分と見せたくない部分がある。 「それ、どうやっても東京じゃ見られないの? オレ、見たいよ」 響司は駄々っ子のようなメールをくれた。 それだけで十分。 もしきれいに映ったら、上手にしゃべれたら、録画した分を貰ってくるよ。 台本が届いていないし、どんな番組なのかも判らない。 やっぱり不安だった。 キミから貰ったベビーリングのネックレス。これをお守りにつけていこう。 「頑張って!」 当日の朝、キミから笑顔の写メールが届いた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年03月13日 09時23分30秒
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