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ラジオ出演があるから、そろそろ家を出なくてはならない。
キミとふたりで作ったトマトとスイートバジルの冷製パスタを急いでほお張り、秋色のワンピースに着替える。 「瑠璃、洋服のセンス、変わった?」 キミが気づいてくれたこと、とても嬉しい。 「うん。スタイリストさんやヘアメイクさんがついてね、プロの目でいろいろ考えてくれたから」 あの日、“瑠璃”のイメージを固定しようと、事務所はスタッフを集めてくれた。 自分でも「積極的にテレビ出演を受けていこう」と決め、スタートラインに立った、そう、あの日。 でも最初につまずいてしまった。 文字通り、登場のシーンで足がからまった。 ・・・あれからテレビの話が来ない。 場慣れさせようと事務所が用意してくれたオウントーク収録を、スケジュールが合わなくて断ってしまった。 きっと私を売り込もうとする意欲を削いでしまったのだろう。 でも響司、キミにネガティヴな話は聞かせたくないんだ。 恋人同士でも、すべてを話せるわけじゃない。 キミのことは全部知っていたいのに・・・勝手だね。 「その服、すごく似合ってる。 前は茶色とかって着なかったよね。 でも、そういう柔らかい感じのデザインなら、瑠璃っぽくて、いい感じ」 モデルのようにクルリと回って、スカートを揺らしてみせる。 「コンセプトは、フェミニンな中に知性を感じさせる、なんだけれど、どう?」 「うん、感じる、感じる。知性、感じる!」 おどけて言うキミの笑顔が愛おしいよ。 前に渡した鍵を持ってきてはいなかったから、もうひとつの合鍵を預けて、家を出る。 ラジオ、そうだ! 響司に逢いたくて、無理に時間をずらしてもらったのだ。 もちろん本当のことは言えないから、「恩人の告別式に出席する」と嘘をついて。 心が痛む。 それでも響司、キミに逢えた喜びの方が勝っている。 自然と顔が綻びそうになるのを我慢して、うつむきがちにスタジオ入りをした。 収録は無事に終わった。 事務所に入る前から準レギュラーのように出演していた番組だ。 ディレクターやパーソナリティとも気心が知れていて、あがることはない。 キミはもう夕方からのテレビリハーサルに入っているね。 私は・・・そうだ! 事務所に寄ろう。 私のプロデュースとマネージメントをしてくれている山室氏に会おう。 アポイントメントを取ってみる。 山室氏は他のタレントの現場にいるが、そろそろ戻る頃だと電話に出たデスクが言う。 現在何人くらいが在社しているか確認して、冷たいフルーツデザートを土産に購入した。 事務所で待つこと、およそ20分。 山室氏が帰社した。 「あれ? 瑠璃さん、どうしたんですか?」 「さっきまでラジオの収録だったので、帰りに寄ってみました。山室さんもすぐにお戻りだとうかがったので」 「じゃあ、ちょっと話をしましょうか」 会議室に移るように促された。 まさか・・・私、クビ? 山室氏はあまり喜怒哀楽を顔に出さない人だから、何を言われるのか想像もつかない。 「うちのエッセイストの川井由真。ちょっとアクシデントがありましてね。 それで急遽、月刊誌の連載を中断しなくちゃならなくなったんですよ」 「アクシデント?」 「まあ、その辺は詳しくは・・・」 何だろう? 事務所とのトラブル? 恋愛問題か、もしくは何かマスコミに隠さなければならない事件や事故? 「それで、その穴埋めを探さなくちゃならなかったんですけれど、瑠璃さん、やれます? 新聞の三面を飾るような問題を、ありきたりではない目線で切ってもらいたいんですが・・・」 「・・・」 ありきたりではない目線。 何を期待されているのだろう。 「私の正直な気持ちを書いていいのでしょうか? それでしたら、是非、お受けさせていただきたいのですけれど。 ただ、それが“ありきたりではない目線”となるのかどうか、私にはよく判りません」 「う~ん、今のソフトな瑠璃さんを崩す必要はないのですが、どこか他のコメンテーターとは違う目線というか。 早い話、読者が毎号読みたくなるような切り口、といいますか。それは反感を買うという目立ち方でもいいのですが」 なるほど。 テレビでは、辛口トークを繰り広げたり、人を人とも思わない発言を繰り返す人が、意外な高視聴率を取る。 「こいつ、何を言ってるんだ」と反発を感じながらも、次に何を言うのかが気になって、ついチャンネルを合わせてしまうからだ。 そして、そんな“嫌われキャラ”の人物が、何かの折にしごく正当な発言をしたり、 バラエティ番組に出て、ゲームに挑戦したりすると、一気にその評価は変わる。 私の場合、そこまでは要求されないだろう。 けれども良識ぶった正論から、少し離れた過激さが求められる、ということか。 「やらせていただきたいです。 ただ、正直に言って、山室さんのおっしゃっている切り口が私にできるか、少し心配です」 「じゃあ、すぐに1本書いてみてください。そうですね、今いちばん世間を騒がせている実の親殺し、あれで」 受けることにした。 あとは山室氏の判断に任せよう。 文章を書く仕事なら、今日のようにキミがいきなり「逢いたい」と言ってきても、なんとか対応できる。 締め切りより、早め、早めにアップさせればいいのだから。 「テスト原稿は明日の夕方までに・・・」 バッグからスケジュール帳を出し、めくる。 「!!」 気がつかないでいた。 いろんなことがあり過ぎたから。 遅れている。 もう3週間も。 目の前が真っ暗になっていくのを感じている・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年07月28日 09時27分20秒
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