|
テーマ:たわごと(26864)
カテゴリ:ニュース読んで徒然・・
以前いた会社の上司が 『俺は将来縁台で将棋を打ちながら近所のがきを怒鳴りつけるような頑固親父になりたい。』 と言っていました。 今向かっている社会はそんな人間くささが薄まった社会です。
老人を歩かせるかどうかは口を挟みませんが、ちょっと別の視点から。 前職にいた時にシティバスが開通し、地域の商店街が大ダメージを受けたことを思い出します。 当時も当地で高齢者のバス優遇策が並行してとられたんですが、これによって自宅近辺で買い物をしていた老人がバスの集まる 駅周辺大型店に集約されていきシャッター街化・商店会の閉鎖等が起きました。 商店街がなくなれば老人の選択肢は バスで通う距離にある大型店のみ。 現状では宅配や一部のスーパーが買い物過疎地を狙って出店を試みるなどの動きはありますが、結果的には地域で老人が集まるのが病院に・・・なんてのは珍しくもありません。 これも『バス』という助成された足があっての話です。 私はこの問答にあるように『有料化=高齢者の引きこもり』は、それこそ乱暴な意見の飛躍であると思いますが、同時に、 『引きこもる要素は既に揃ってもいる』 と思います。 若年~の引きこもりが食べ物も買い物も、それこそ情報も何もない状態で成り立たないでしょう。 しかし、そこにネットと親の金・家、宅配サービスが揃えば引きこもることは難しくない。 コミュニケーション能力やそもそもコミュニティーが欠如した状態で、わざわざ煩わしいと思うことを進んでやる人は少ないわけですよ。 先日NHKのドイツ語講座で 『ドイツでは演劇を見るために失業者にまで割引がある 』なんてことを言っていました。 文化の感じ方の問題はあるので失業者に娯楽を・・・とは言いませんが、 人は人がいるところに生きていないと人でいられなくなる と私は考えています。 その為にはバスの助成が正しいのでもなく、歩けば健康になるということが正しいのでもなく、天岩戸から天照を引っ張り出すコミュニティの存在が欠かせないのだと思います。 大型店の集約は経済効率から言えば高い。 しかし、同時に店が客の顔すら覚えていない側面もあるわけで、これはコミュニティではなく一種の工場ですよ。 公民館で毎日吉本の若手にでも漫才させて見ませんか? 笑い声がすれば人が集まってきます。 人が集まればそこに需要が生まれます。 いつもの顔が揃えば良い悪い歯別にして感情が触れ合います。 まことに人間らしい。 非効率社会は効率社会よりも無駄は多いですから、アメリカ的志向にはあわないででしょうが 超高齢社会を前提にすれば社会のスピードを落とすのも選択肢ではないでしょうか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ニュース読んで徒然・・] カテゴリの最新記事
|