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くろの旅

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2009年02月15日
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日本円にして、2,800円弱。
それが、その命の値段だった。



年末年始を、私はアフリカで過ごした。

歓迎の為に催してくれた宴で、
1頭のヤギが犠牲となった。

宴は、家畜市でヤギを選ぶところから始まった。
「オスよりメスが旨い」と彼らは言う。
私が出した条件は、妊娠していないものを選ぶこと。
この時期の市場は活況を呈しており、
ぎっしりと立ち並ぶ人々と家畜たちを掻き分けながら、
私たちは、肉付きのいい、一頭の若いメスを選んだ。



必死に抵抗するヤギの首に縄をかけ、
角を掴んで引きずり、
市場を抜け出した。
ピックアップの荷台に押し上げると
私も共に荷台に乗り込んだ。

腹を減らしたドライバーは、
舗装などしていない
石ころだらけの悪路をものともせず、
猛スピードで川原を目指す。

揺れる荷台の上、
最初は角を振り回し
鳴き叫んでいたヤギは、
やがて運命を受け入れたのか、
次第に静かになり、
遂に倒れるように座り込んだ。

私は、
達観したヤギの
妙に横に長い瞳を見つめながら、
もうすぐ掻き切られるはずの
柔らかい喉をさすっていた。

ヤギは時折
私の目を見据え、
大きく息を震わせては
また目をつぶり、
そして、たまに糞をした。

私の掌の中に
命があり、
同時に死があった。


1時間近く走っただろうか。
川原をドスドスと跳ねながら
走っていた車が止まった。

大きなイチジクの木の下には
丈の短い雑草が生え揃った
草床が広がり、
そのすぐ脇には清らかな水が流れ、
ヤギを捌くにはうってつけの場所だった。



ヤギが猛然と暴れだした。
末期のあがきか。
苦労して荷台から下ろし、
縄で四つ足を括り
横倒しにする。

喉を掻き切るのは最年長者の役目、という。
ヤギの命を絶つ覚悟を決め、
その時を待っていた私は
少し拍子抜けの気分にもなったが、
現地のしきたりには逆らえない。


年長者は顎の下に手を差し込むと、
ヤギの頭を大きく後ろに反らせた。

一閃。

この世のもの思えない叫び声が響き、
むき出しの喉から大量の鮮血がほとばしる。
ナイフは喉を縦に首の付け根まで
一気に割り裂き、
更に露わになった太い頚椎に
もう一度突き立てられた。

私は跳ね上がろうとする胴体を
懸命に押さえつけていた。
血しぶきが飛んで来るが、
離す訳にはいかない。
ここで怯んでは
死に逝くものがあまりに哀れであり、
離れていく精魂に無礼だと感じていた。
私は持てる限りの力を込め、
断末魔の痙攣を圧した。


ビクンビクンと震える体は
次第に動かなくなっていき、
気道からシューシューと漏れる
呼吸音も聞こえなくなってきた。

目が合った。

そこにはもう苦悶の表情はなかった。


一方的な力関係で、
正当な手段とは言えないかもしれないが、
とにかく、彼女の命は
私たちの為に捧げられたことを知った。



ここからは、私もナイフを持つことを許された。
四肢の膝上にナイフを当て、
クルリと一周させて毛皮に切れ目を入れる。
後足は、そこからそれぞれ内腿の部分を肛門まで、
前足は首の下まで切り裂く。
そして肛門から首の下までを縦に切り裂く。

あとは、肉から皮を引き剥がしていくだけ。
脂肪層と皮の間に丁寧にナイフを当て、
皮に脂肪が残らないように気をつけて切れ目を入れていく。

ある程度切れ目が深くなると、
ナイフではなく、手を使ったほうが便利だ。
皮を片手で引っ張りながら
あばらに沿って背骨の方へと手刀を突っ込んでいく。
さっきまで命の宿っていたヤギの体内は
驚くほどに熱い。
しかし今や、不思議と血は全く出ない。
バリバリと音を立て、
面白いように一気に皮が剥がれていく。
果たして人間の皮も
同じように剥ぐことができれのだろうか?
そんな疑問が
ふと、頭をよぎった。

ある程度皮を剥がしたところで
後足二本をロープで括り、
二人がかりで体を持ち上げ、
一人が木に上って
ヤギを逆さに吊るした。

皮を完全に剥ぐと
内臓を取り出していく。
ここからは私にはよく分からない領分だ。
彼らは食べられる臓器、食べられない臓器を
手際よく選り分けていった。



地面に
ドンと捨てられた臓器があった。
早速犬が寄ってくる。
食い破られた膜の中から、
二匹の胎児が出てきた。
実はメスは妊娠していたのだ。
一度に三つの命が
私の為に屠られた事を知った。



内臓の処理が終わると、
あばら肉を肋骨ごと切り取り、
前足を切り分け、
背肉を取り、
後足を切り分ける。


最後に首を落とした。

頭も煮込み料理にするが、
眼球は食べない。
ナイフで眼球を抉り出し、
解体の大方の作業は終了した。

喉に、最初にナイフが突き立てられてから
30分弱。

市場で出会った白いヤギは、
真っ赤な肉塊の山と、
一枚の毛皮へと姿を変えた。




その間に、
女達は嬉々として
薪を拾い集め、
火を起こしていた。

皆良く食べ、
よく笑った。

私も貪るように食べた。
こんなに旨い肉を食べたのは
久しぶりだ。

食べ切れなかった肉は、
街に来ていた巡礼者達にふるまわれた。

ヤギは私たちの腹を満たし、
そして心を満たし、
私たちの一部となった。






ヤギを捌きながら、
私は感じていた。

身を捧げてくれる者に対し、
捧げられる側は、
決して怯んではいけない。

するべき時に、
するべき事を、
迷わずにやりぬく。

これができない者は、
身を捧げられる資格がない。

これができなくては、
捧げられた身と一体になれない。

身を捧げられたら、
決意と信念を以て
迷わず切り裂き、
喰らいつき、飲み込むのだ。

1頭のヤギが、
命を投じて私に与えてくれもの。
それは、
血であり、肉であり、覚悟であった。





太陽が沈み始め、
饗宴の時も終わろうとしていた。

地面に放り出されていた
眼球が目にとまり、
私は驚きを覚えた。

草食動物特有、
横長の長方形だった瞳孔が開き、
私の瞳同様、円い。

瞳はどんな動物でも、
本来は等しく円いものである、ということは
何故か私をひどく感動させた。

その時。
ゴロンと転がった眼球の向こう、
アフリカの荒涼とした大地から
巨大な円い月が昇り始めた。

私は眼球と月を交互に眺めながら、
理解した。

ヤギは、
肉は私に食われても、
その精魂は、
より大いなるものに還っていったのだ。

いずれ、私も、還るものへと。





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最終更新日  2009年04月17日 12時28分28秒
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