だだもれ堂筆記

そういえば突然思い出したのであるが、思い出すときはたいてい突然だが、
北京に赴任してまだ１週間かそこらという右も左もわからない状態の時に
突然自室の電話が鳴った。
電話番号は家族ぐらいにしか教えていなかったので、日本からでなければ
大学の事務室か同僚か誰かからの電話だろうと思って出てみた。

受話器の向こうから若い男の声で激しい中国語訛りの英語が聞こえて来る。
申し訳ないが、私は英語が苦手な上にインド人の英語はまだいいのだが
中国人の英語はその訛りのせいで全く分からないのである。
何か言っているのを遮って
「Ni是誰？我不dong英語、用漢語説好ma？」
と言ってみると、向こうが突然中国語に切り替わり、聞き返してきた。
「中国人か？」
「違う、日本人だけど」
「え、日本人？なんだ、中国語分かるんだ。そこは404号室？」
「そう」
「そこに住んでるボブは今いる？」
「ボブは知らない。私は今この部屋に住んでるんだけど」
「ボブはどうした？」
「さあ、知らない。前に住んでたんなら帰国したんじゃないの？」
「ああ、そうか」としばらく思案しているらしい。

「あのさ、俺ボブに返さなくちゃないものがあったんだけど、君から
大学の事務室に渡して送り返すよう頼んでくれないかな」
「あなたが自分で行って頼めば良いじゃない」
「だめだよ、中国人が行ったって『自分でやれ』って言われるんだから」
「自分で返せないの？」
「俺、ボブのアメリカの住所聞いてないんだ」
「じゃ、預かっても良いけど。何？」
「本なんだけどね」
「いつ渡してくれる？」
「今時間があるようなら今から行くけど」
「ああわかった。どうせ出かけるから、宿舎の入り口近くで待ってる」


宿舎から出て待っていると、きょろきょろ辺りを見回している青年が現れた。
そこら辺によくいる、ちょっとおしゃれ系の線の細そうなひょろりとした男だ。
「魯さん？」と声をかけると、
「ああ、君か。全然日本人に見えないな」大きなお世話だ（笑

とりあえず本を預かる。私は買い物に行くので、一緒に正門の方へ向かう。
中国人のご多分に漏れず彼もお喋りだ。
「今何の仕事してるの？」
「通信制の短大は出たけど良い仕事がなくてさ、友達の仕事を手伝ってる」
「ふうん」
「俺、ボブとは仲良しでさ、よくパーティとかやってたんだよ」
「へえ」
「中国人も外国人もたくさん来るようなクールなパーティで、すげえ楽しいよ」
「ふうん」

急に声を潜める。
「いろんな友達がいるから、ちょっとヤバい物も手に入るんだ」
「ヤバいって？」
「だからヤバいものさ。アシッドとかガンジャとかスピードとか。楽しいよ」

おお。そりゃやばいな確かに。かーなーり。
てか、前の住人のボブって大学の教師としてどうよ。もしやジャンキーか。

「君も今週末にパーティあるんだけど来ないか？日本人も大勢いるよ」

私は合成系のは好みじゃないし、友だちでもないあんたのお仲間と
ろくでもないセッティングで決めたいとも思わんが。
（今何か突っ込みを入れた方へ。その通り、と答えておきましょう。笑）

「ああ、せっかくだけど今週末は上海から友人が来ることになってるから（嘘」
「そうか。じゃ、もし何か欲しくなったら俺に連絡くれよ。都合するから」

友達の仕事の手伝いって、売人かよ…(´∀｀；)

校門に出た。彼が別れ際に言う。
「クリスマスにでっかいパーティがあるんだ。また連絡するよ」

…いらねーよ。

本は外国人事務所には結局渡さず、即ダストシュートに放り込んで処分した。
何が入っているか分かりゃしない。妙なことの片棒を担ぐのは嫌だ。


結局、クリスマスが近くなっても電話はかかって来なかった。
ああいうのに引っかかってうっかり付き合うと危ない橋を渡る羽目になる。
大体初対面の外国人に商売持ちかけるような口の軽い奴は信用ならん。

それなら然るべき場所で合法的に（げほげほごほごほ。以下略