だだもれ堂筆記

夫が突然発作的に食べたくなったおかげで、久しぶりにデリバリーのピザを注文した。
アメリカンタイプっていうのかな、生地にボリュームがあるしトッピングがテリヤキチキンとか焼肉とか、およそイタリアから遠く離れたピザではあるだろうが美味しくいただいた。


ふと思い出した、四半世紀以上前の怪しいピザ。

カシュガルは中国西部の新疆ウイグル自治区の中でもパミールに近く、山の向こうはパキスタンやキルギスタンで、地元に住むウイグル人やキルギス人、タジク人の他にも山を越えてフンザやギルギットに向かう外国人旅行者、パキスタンからの商人などが行き交うちょっと中国とは思えない町だった。
外国人が多数うろうろしている町だったので、外国人向けの食堂や宿も多いし、イスラムの町のスークを思わせる市場も充実していて、長逗留したくなる雰囲気があった。

滞在していた安宿の裏手に、パミールの向こうからやってきた（らしい）兄弟がやっているカフェというか外人をターゲットにした食堂があった。そういうコンセプトであるにもかかわらずいつ見ても客があまりいる様子が無いので入ったことはなかったのだが、宿にとぐろを巻いていたドミトリー仲間の誰かからそこにはピザがある、という噂を聞きつけた。

中国の奥地、西部のどん詰まりの海からおっそろしく遠い町でピザとな。そりゃ食べねば。

もう1人暇な日本人旅行者と2人で入ってみました例のカフェ。相変わらず客がいない（笑
とりあえずメニューを見ると、パンケーキとかサンドイッチとか、中華とウイグル料理にいいかげん飽きていた日本人にとって魅惑的な名前が並んでいる。
しかしやっぱりここはピザを食わにゃなるまいて。

注文したのはココア、そして肝心のピザはその名も「カシュガルピザ」。
何が出てくるかわくわくしていた。


20分経過。
…出てこない。

30分経過。
ココアすら出てこない。

45分経過。
ようやくココア登場。しかしこれって海外でよく見かけるミロみたいな麦芽飲料、オバルチンじゃねえか。ココアってのは微妙だなあ。まあオバルチンでもこんなとこでよく手に入ったとは思うけど。
それよかオバルチン溶かすのに何で45分もかかるかなあ。

この時点で嫌な予感はしていた。だって5分で出せるはずのオバルチンがこんなに時間かかってんだよ、ピザなんていったいどうなるんだ？

キャンセルして店を出るべきだったのかもしれない。
しかし、好奇心というよりもうこうなってくると怖いもの見たさといういらない冒険心が湧いてくる。今なら分かる、あれはどツボへの道だったのだ。しかし経験値の低かった私にはそういうことがよく分からなかった（笑

1時間経過。
もちろん出てこない。オバルチンのカップも空になっている。あまりにも暇で、台所を見に行きたい誘惑に駆られるが、2人とも見に行くときっと良くない結果になりそうな予感がするよね、と意見が一致した。とにかくカシュガルピザの実像を直接確かめるまでは動けない。延々座り続ける。暇な時間無制限1本勝負の旅行者だからこういう真似ができるのだ。先を急ぐ旅行者ならこの暇な時間を使ってホージャ墳とかに行ってるに違いない。

1時間半経過。
「ねえ、今ここのお兄ちゃん、ナン持って外から店に入ってこなかった？」
「持ってたね、市場とか屋台で売ってるあれだよね？」
ウイグルのナンは、インド料理のナンとは違って丸く平べったく、ふちが少し高くなっている。焼いてから時間が経っていなくても結構硬くて、お茶やスープに浸して食べないと食べにくい。
「まさかあれでピザとか？」
「いや、あれは自分たち用じゃないの？」
そう否定しつつ、しかし2人ですごおおおく嫌な予感。

2時間経過。
さすがにいい加減嫌になって帰ろうか、という気分になってきたその時、カシュガルピザ登場。


…やっぱりピザの土台にそこの屋台で売ってたナン使ってる（笑

むう、土台は諦めよう。しかし問題はトッピングだ。



チーズは、普通に考えるピザのチーズじゃない。
このピザ自体そもそも焼けてないってのもあるけど、…うーん、これって水切りしたヨーグルトって言うかカッテージチーズをちょっとずつのっけただよねえ。
まあいいか。あんまり良くないけど。無かったことにしよう。



そして具というかソース。

…まんまラグメンの具（羊肉入り）だわ、これ（爆

確かに「カシュガル」ピザだった（笑）。こんな奇態な物件は他所の地で味わえるものではあるまい。



えーと、味っすか？


時間のことを差っ引いても、また食べに行きたいと思えるものでなかったこと、客がなぜいないかすごく納得したこと、そして「もしタバスコあったとしてもどうにもならないね、この具って、かちかちのナンにのっけるよりチーズもどき抜きでラグメンで食べたいよね」という点で同行した人と意見が完全に一致したことでご想像いただけるだろうか。