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鴨がワインしょってきた

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2017年のフランス旅行

2017.03.01
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 ドメーヌ・バロー。いま彼らのワインのラベルには「ダニエル・エ・ジュリアン・バロー」と表示されているが、現地のドメーヌでもらったパンフレットには「ドメーヌ・バロー」とある。ここだけは事前に訪問の予約をしていた。今回の旅のメインイベントである。素人の私でも、メールでの訪問依頼を快諾してくれた。
 なぜバローに訪問したかったかといえば、このブログの、今回の旅行記を始める少し前のエントリーに書いた通りで、とにかく国内で買ったり飲んだりする機会が多かったということに尽きる。きちんとした店なら、どのワインを飲んでも外れはないし、価格もリーズナブルだ。
 よく使っているネットショップは、品薄の人気商品を売り出す際に「他の生産者のワインを同数買ってください」と条件を出すことが多い。こういうときは、真っ先にバローの在庫を探している。2月にも、そうやって1本購入した。財布への負担があまり重くないのがありがたい。
 マコン駅からバローがあるヴェルジッソンにタクシーで向かう。田舎の道沿いには建物も結構多く、飽きなかった。やがてヴェルジッソンの役場に着き、横の坂道を登ったところにドメーヌの建物があった。
 出迎えてくれたのはマダムのマルティンさんと、娘さんのアナイスさんの女性陣2人。案内はマルティンさんがしてくれた。「ウイスキーを飲む人はいますか」と尋ねるといるということだったので、「多分こちらでは珍しい日本のウイスキーです」といって、楽天で購入したイチローズモルトのダブルディスティリーをお渡しした。
 ドメーヌでは、作業場と樽を置く貯蔵庫の2つの部屋に通していただいた。貯蔵庫の一角に試飲スペースがある。室内の照明は明るい柔らかい色合いで、かなり清潔だった。樽からではなく、既に開栓済みのブテイユからグラスに入れて飲ませてもらった。残念ながら、この中に人気の高いアン・ビュランはなかった。
 レコーダーを聴き直してからブログエントリーにしたいので、試飲の内容については(もとより大した内容ではないが)次回に続く。


プイィ フュイッセ アン ビュラン[2014]ダニエル バロー(白ワイン ブルゴーニュ)
[2014] ダニエル・エ・ジュリアン・バロー プイィ・フュイッセ・アン・ビュラン・ヴィエーユ・ヴィーニュ750ml






最終更新日  2017.03.01 08:00:04
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2017.02.27

 朝、ディジョンから出発したバスがシャンボールミュジニーに着いた時間が午前8時過ぎ。ドメーヌ2軒を訪問してからバス停に戻ったのが9時ごろだった。この時間になると、最寄りのヴージョの駅だけでなく、かろうじて歩いていけそうなニュイ・サン・ジョルジュにもTERは停車しない。ボーヌ駅までタクシーを呼んで行くつもりだったが、特に予約はしていなかった。
 マコンに行くために乗る電車がボーヌ駅を発車する時刻は9時56分。ざっくり1時間もあれば、タクシーを呼んで十分間に合うだろうと考えていたのだが、たまたまディジョンに戻るバスが来たので、深く考えず乗った。
 バスに乗ってから、目的の電車がディジョンを出発する時刻を調べると、9時37分だった。ディジョンからシャンボールミュジニーに来た時には約30分かかっている。ということは、道が混んでいたら乗り損ねるということだ。これはまずい。






 途中通るマルサネのバス停は信号機付きのロンポワンにあり、バス停に行き、マルサネを離れて北上するまで、ぐるぐると同じところを旋回した。ディジョンへと北上する道は、朝方より車で混んでいる。ディジョンの駅前はトラムがあり、駅に戻るルートは自動車にやさしくないレイアウトに変わっている。これはまずい。
 結局、バスがディジョン駅に着いたのは9時33分ごろだった。バスを飛び出し、速歩きをしつつ駅構内の出発案内の表示を読む。目当ての電車が駅舎に一番近い側のホームに来ていることを確認し、ワインを持ったまま階段を駆け上る。駆け込み乗車というほどギリギリでもなかったが、5分以内の乗り換えというのは冷や汗ものだ。
 ちなみに、TER乗車後にバスの時刻表でディジョン駅の到着時刻を確認したところ、9時35分だった。運転手の女性は乗客で最後まで残った私の焦りを感じ、急いでくれたのかもしれない。気のせいかもしれないが。
 乗車したTERは平日の中途半端な時間だったためか乗客は少なかった。ボーヌ、シャニー、サロンシュールソーヌなどに停車した後、10時55分にマコンについた。マコン駅前に停車していたタクシーに乗り、ドメーヌ・バローへ向かった。







最終更新日  2017.02.27 08:00:05
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2017.02.18

 アミオ・セルヴェルは、シャンボール・ミュジニー村で有名なドメーヌのひとつだ。日本のワインショップに並ぶ高品質のワインの作り手としては珍しく、ドメーヌに直売所を設けている。ただ、アポイントをとっていないと入ることはできない。
 前回2010年にここを訪れ、長男の誕生年のアムルーズを入手した(http://plaza.rakuten.co.jp/leclosducaillou/diary/201101080001/)。今回も訪問して長女の誕生年のアムルーズをゲットしようと何度かメールを送っていたが、最終的に約束をとりつける前に日本を出発してしまった。つまり、アポイントはとれていなかった。









 この日、シャンボール・ミュジニー村は冷たい雨が降っていた。役場前のバス停跡(ここまで入る路線は廃止された)の横から学童バスが出ていくのを眺め、付近にある著名ドメーヌの入口で何となく写真を撮った。そして、来る時に降りたバス停まで戻ろうと歩いていて、アミオ・セルヴェルに近づいた。
 ベルを鳴らそうか、と考えていたその時、家の玄関のドアが開いた。走り寄ると、ドアを開けた女性は再び家の中に戻っていくところだった。

 私「すみません。すみません。ちょっと前にメールを送った者です。ワインを売ってくれませんか?」
 女性「いま?」
 私「いま」

 女性は苦笑しながらカギを取り、直売所に招いてくれた。前回お会いしたクリスチアン・アミオ氏の奥様だった。急なお願いだったので、奥様の写真は撮影しなかった。


 バックヴィンテージがごろごろ並ぶ直売所


※画像は一部加工済み

 販売用のリストをみると、アムルーズ2014年など人気商品は軒並み「品切れ」だったが、1本なら販売してもいいというので、ありがたくいただくことにした。クロ・サン・ドニは「本当に少なくて在庫がない」とのこと。滞在中に飲むため、村名モレ・サン・ドニも1本購入することにした。
 クレジットカードが利用可能で、ここに入れば気楽にワインが買えて本当に良い。価格はアムルーズが特級の2銘柄(クロ・サン・ドニとシャルム・シャンベルタン)をおさえて最も高く、132ユーロ。一方、モレ・サン・ドニは27.50ユーロで、村名の赤ワインでは一番安かった。売り場には2000年以降ぐらいのバックヴィンテージのボトルがごろごろしているので、好きな人は一度行くと良いと思う。クリスマス用のノベルティもいただき、売り場を離れた。


 バス停に戻ると、到着した時と違ってすっかり明るくなっていた。幻想的な風景だった。マコンのドメーヌに行くため、まずボーヌまでタクシーを使うつもりでいた。タクシーを呼ぶならバス停が目印になるのでちょうどいいと考えて、バス停まであと少しというところまで近づいて写真を撮った。すると偶然、のぞいていたカメラの画面右側から、ディジョンに戻る路線バスが到着した。タイムロスが少ないので、ディジョンに戻って目的の電車に乗ればいいだろうと軽く考えて乗り込んだ。あとで慌てることになるとは知らずに。




=禁無断転載=







最終更新日  2017.02.18 08:00:06
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2017.02.17

 翌1月10日、朝は小雨が降っていた。この日の午後7時過ぎにディジョン中央駅を出発するTGVがタイムリミットである。頑張って周遊しようと意気込む。
 宿泊したのはディジョンだが、本当は過去何度か利用しているシャニーの駅至近の有名レストラン「ラムロワーズ」に泊まりたかった。オーナーが変わり、ああだこうだ言われているレストランを実際に自分で利用してみようと意気込んでいたのだ。しかし悲しいかな、1月はラムロワーズはお休みだった。前回2010年の旅行は12月の早い時期だったのでギリギリ利用できたことを、出発が近づいてから思い出した。次の宿泊希望先だったモレ・サン・ドニの「カステル・ド・トレ・ジラール」も1月はお休みだった。やむをえず、前回利用したディジョンの、とにかく安い宿を選んだ。ここは日本人にはあまり利用されていないかもしれない。最低ランクであれば1泊30ユーロぐらいから泊まれる。今回宿泊したのは下から2番目のランクの暖房しかない質素な部屋だったが、広々としていた。オプションで付けた朝ごはんのパンは、前と同じように美味しかった。必要最低限のサービスで、改めて気に入った。




 スーツケースは宿に預け、朝7時ごろショルダーバッグ1つで出発した。
 今回は初めてバスを利用した。ディジョン駅前からボーヌに行くバス「トランスコ」に乗る。前に来た時に入手したバスの路線図には、ムルソーなどに向かう路線もあったのだが、今はボーヌから南のコート・ド・ボーヌへ向かう通常便は廃止されたようだ。



 小雨降る夜明け前にディジョン駅前を出発したバスは、ぐいぐいと南下する。モレ・サン・ドニまでは車幅の広い国道をずっと走るのだが、次のシャンボール・ミュジニーに向かうところで、ぐいっと西へ折れる。
 シャンボール・ミュジニー村は、ジュブレ・シャンベルタンやモレ・サン・ドニに比べて集落が西側にある。このバスは近くまで連れて行ってくれるので便利だ。片道1ユーロ50セントは、距離を考えるとかなり安い。車内は日本の路線バスと違い、あまり多くの停車ボタンはないので、あらかじめ乗車時に運転手に行き先を告げた方がよさそうだ。私は慌てて、バスが走っている間に廊下を歩いて「次降りる、次降りる」と運転手に伝えた。



 バスを降りた瞬間は「ここはどこだ?」と戸惑った。集落がある西側の方に歩いていくと突然、アミオ・セルヴェルの前に出た。ここを右に折れるとモレ・サン・ドニ、まっすぐ行けばシャンボールミュジニー村の中心部だ。女性パイロット、カロリン・エーグルの表札も眺めながら、ぶらぶら散歩する。ヴォギュエなど、あちらこちらのドメーヌから仕事を始めるのかな、という感じの物音が聞こえた。
 初めてクリストフ氏にごあいさつできたのは大変良かった。「実は7年前にもこの近くにはきたんです。隣のミュニエ氏のサインもほら」とノートを開くと、なぜかルー・デュモンの仲田さんのサインが出てきた。テイスティングのアポイントをとって来たわけではなく、次に行くドメーヌの予約時間もあるので、日本から持ってきたレジオナルのワインボトルにサインをもらい、写真を撮り、早々に引き上げた。クリストフ氏は、バックラベルを確認するためボトルをくるっとまわした。こちらが「ラック・コーポレーション」と話すと、満足そうにしていた。

=禁無断転載=







最終更新日  2017.02.17 22:25:04
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2017.02.16

 日はすっかり暮れ、学生寮のある地区を歩く人はまばらだった。
 建物をのぞくと、あかりの付いた部屋で一心不乱に勉強する学生の姿が見えた。
 ここで勉強した彼女たちはいずれ日本に戻り、フランスを専門とする大学教員になったり、フランス語の先生になったり、道を踏み外して愛好家向けに高額なワインを売ったりするのだろう、なんて考えていた。それにしても寂しい。
 駅に戻る道すがら、待っててもらったタクシーの運転手さんと会話した。


 運「この事件は本当にミステリーだよ。女子学生が失踪したときの目撃談も痕跡もない。証言もほとんどない」
 私「そうですね。随分寂しい場所ですね」
 運「昼間は学生が結構いるよ。夜だからそう思うんだよ」
 運「何週間前だったかな、事件が発覚すると日本のメディアが押し寄せてさ。4時間ぐらい拘束されたよ」
 私「彼らは日本でも同じようなことをしていますよ」


 帰りは市街地の方へも下っていった。フロントグラスの先にみえる夜空の下、高い丘の上に、ライトアップされた明るい遺跡のような建物がみえた。


 私「あれは何ですか」
 運「シタデル(城塞)だよ。見るところがいろいろあるよ」
 私「今度、明るい時に来たら訪れてみたいね」


 黒崎さんに関するニュースでは、丘の上から撮影した黒崎さんの上半身が撮った写真がよく使われていた。フェイスブックの写真だろう。確認はできないが、ひょっとしたら、このシタデルを訪れた時の写真かもしれない。帰りのTERでうとうと眠り、ディジョンのホテルに戻った。




=禁無断転載=







最終更新日  2017.02.16 08:00:10
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2017.02.15

 ディジョンの中央駅に向かう途中、前回来た時にはなかった小さなワインショップ2つにひやかしで入る。日本では有名な生産者であまり目にしないマグナムボトルがごろごろあってめうつりしたが、7年前のような「エマニュエル・ルジェがなんでこんなにゴロゴロあるの」みたいな驚きはなかった。その「なんでこんなに」と感じた店はこの日は閉まっており、のぞいてみると品ぞろえも随分変わっていたようなので、明日また来ようと考え後にする(しかし、結局は時間不足で再訪はかなわなかった)。
 快速電車TERに片道1時間ほど乗り、終点Besancon Viotte駅に到着した(cはセディーユ付)。なぜか「ブザンソン・ビヤー」と読む。読めるか!。すっかり日は暮れていた。
 駅前にいたタクシーの運転手さんと「黒崎さんという若いジャポネーズの学生が失踪した大学寮に行ってみたいんだけど」「大学寮の場所は分かるよ、乗りなよ」というわけで乗車。駅も大学寮も市街地中心部の外側にあり、田園都市線沿線の駅付近のような起伏のある車道を進む。やがて、広々とした学生寮が林立する地区に到着した。

 運転手「ほら、あそこの建物群だよ」
 私「どこらへんに黒崎さんがいた寮があるの」
 運転手「詳しい場所は知らないんだ」


 おいふざけるな。
 しょうがないので、部外者だが、ずかずかと敷地に入る。ここから先は入ってはいけないというような柵はなかったのが幸いだった。はしの方から確認していくと、反対側のはしの方に目当ての建物があった。テレビのニュースでみた印象とは違ったが、看板には見覚えのある「Theodore Rousseau」の文字がある。アルマン・ルソーとジャン・ジャック・ルソーは知っているがテオドールって誰だよ、と思ったのがこの事件に興味をもったきっかけだった(フランスの有名な画家だとか)。
 この出入口から出てきた留学生のお姉さんに「ここは黒崎さんのいた寮ですか」と尋ねると「そうよ」と答えてもらったので、ここなんだと確信した。建物の入口にあるはずの黒崎さんの写真入りの尋ね人の紙は、捜査機関の発表後だったこの時点では既にはがされていた。建物や周囲をスマホで撮影していると、電池が残り35%ぐらいあるはずなのに、電源が完全に落ちて強制終了となった。




=禁無断転載=







最終更新日  2017.02.15 21:37:36
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2017.02.14

 ブルゴーニュ地方の拠点であるディジョンに到着したのは1月9日の夕方だった。2010年にも滞在した中心市街地にある2つ星ホテルに地図なしで向かったところ、道に迷った。いったん途中まで元に戻り、記憶を頼りに違う道を選んでいくと、前にクリスマスのイベントをしていた広場や、見覚えのある教会に突き当たり、何とか無事につくことができた。このディジョンのホテルだけ、日本で地図をプリントしないで出発したのだが、慢心は災いのもとだと痛感した。
 7年ぶりにディジョンの駅前に立って驚いたのは、駅前からトラムが出ていたことだった。新婚旅行で最初に訪れた時はタクシーがたくさん待っている乗り場だったのだが、前回2010年には狭くなっており、今回はそこにトラムの駅が誕生し、景色が一変していた。
 正味24時間の滞在時間しかないため、この日も生産者の直売所やワインショップめぐりをしようと意気込んでいたが、到着してから急きょ予定を変更してブザンソンまで足を伸ばすことにした。
 ブザンソンでは、筑波大学から留学している女子大生の黒崎愛海さんが大学の寮から失踪したことが話題になっていた。お金を使ってワインを買いあさりたい気持ちより、事件の現場を見たいという野次馬根性が上回った。また、滞在日数より長い日数のものしか販売がなかった乗り放題のフランスレイルパスを有効に使いたいという思いもあった。




=禁無断転載=







最終更新日  2017.02.14 08:00:11
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2017.02.13

 1月に渡仏しようと思い立ったのは2016年の初春。きっかけは前回の2010年の時と同じでJALのマイレージがたまったからだった。JAL&東急カードで獲得した過去のマイルの中に失効するものが出始め、月がかわるごとにマイルの一部が失効していく状態となり、早く特典の航空券に交換する必要があった。
 大量のマイレージの失効を控えていたある月末に、ディスカウントマイルであればあと150マイルで交換可能、という水準になった。不足分は「ポンタ」のポイントを交換することで何とかクリアした。日頃、ローソンを使っていた甲斐があった。
 16年初春の段階では、職場が異動になる可能性があった。忙しい職場に移れば、最悪の場合は特典チケットを捨てることも覚悟しなければいけない。ディスカウントマイルでいけるのは12~2月。12月や2月ではなく1月に決めたのは、どこの職場に移っても比較的ヒマだろうという大まかな理由からだった。
 行きと帰りのフライトをおさえた後、ふと考えた。「パリを起点にブルゴーニュを往復するばかりでは進歩がない。だから、今回はフランス以外にも1カ国まわろう」と。旅行時期が近づいてからドイツに行くことにしたが、目的地については迷った。サッカーのある時期ならバイエルン・ミュンヘンの試合を観戦しよう、ナチスの勃興期の舞台もみておこうという理由でミュンヘンを最有力候補としたが、その後、サッカーのリーグ戦はこの時期はないと判明した。ミュンヘンのほかベルリンなども候補にあがったが、最終的にはボジョレーヌーボーの初荷をANAが運ぶ際に使うフランクフルトの国際空港をみたくなり、ブルゴーニュにも比較的近い、という理由でフランクフルトを選んだ。
 しかし、最初はフランスしか行くつもりがなく、5泊6日(最終日機内泊)と短く組んでいたため、移動時間におされる窮屈な日程になった。初日の到着が深夜となるフランクフルトで2泊し、最終日に念のためパリ市内に戻る前提で検討すると、ブルゴーニュは正味24時間しか滞在できない。仕方ないが何とかなるだろうと割り切り、羽田空港を飛び立った。


=禁無断転載=







最終更新日  2017.02.13 19:52:58
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2017.02.09

 既に2月も上旬が過ぎようとしているが、1月上旬に渡仏した話を、これからヒマをみつけながらブログに書いていきたい。
 このブログの過去エントリーによると、前回の渡仏は2010年で、実に7年ぶりである。前回の渡仏以来、海外には行っておらず、海外旅行自体も7年ぶりとなった。

 旅行の期間は1週間に満たず、ブルゴーニュやワインにテーマを絞ったわけでもなかった。とはいえ、ブルゴーニュに立ち寄り、楽しい体験もできた。欲しかったワインも入手できて、満足している。
 掲載した写真のドメーヌ主にごあいさつできたことはとてもラッキーだったと思う。誰のツテも使わずに会えたことは幸いだった。詳細は省くが、素人には素人なりのやり方があるということが分かったのが今回学んだことだ。

 実は、旅行前に手紙やファクスを送り訪問希望を伝えたものの、返事をもらえないままの作り手や企業がいくつかある。アポイントを取り付けながら行かなかったところはないが、今から、改めて訪問できなかった理由を仏語で書くかというと、そういう意欲も時間もないのが自分としても残念である。







=禁無断転載=







最終更新日  2017.02.13 00:57:51
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