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カテゴリ:経済
日経平均株価が22日、しばしの足踏みの末、ついに1989年12月29日大納会(下の写真の上)の終値3万8915円87銭を抜いた。終値は3万9098.68円となった(下の写真の下=23日付日経新聞の1面)。ちなみにやはり大幅値上がりしたニューヨーク・ダウの3万9090.06を絶対値でも抜いた。絶対値でもニューヨーク・ダウを抜いたのは、バブル以来だ。 証券関係者、投資家には感無量だろう。34年2カ月待った、長い低迷期の末だったのだ。中には自分が生きている間に新高値を取ることはない、と思っていた方もいたのではなかろうか。 ◎TOPIXはなお下回る跛行的な上げ 今年になって、日経平均は蛇が鎌首をもたげたように急激な上げを演じた。年初からの上げは、約5600円に達した。世界の株式市場で、年初からの上昇率は最高だ。 これには、アメリカの半導体メーカー、エヌビディアの上げに領導された半導体製造装置メーカーの東京エレクトロン、アドバンテスト、SCREEN、そして半導体設計会社アームを傘下に持つソフトバンクグループの4社の急伸が大きい。この4社だけで、今年の日経平均の上げの約半分の2300円ほどを占めた。 東証上場株のほぼ全体を占めるTOPIXは、上げているとはいえ、1989年12月末の大納会の終値をなお約8%下回っている。 いわば跛行的な上げ、とも言えるのは否定できない。 ◎東京新高値までにニューヨークは14倍以上 しかし、それでも喜ばしいことは事実だ。 ただその喜びも、他国と比べれば半ばとも言える。ニューヨークは、この間14倍以上、ドイツも8倍になっているのだ。つまりアメリカやドイツの個人投資家は、一資産を築けていた。 日本市場だけが、なぜ世界の市場の中で疎外されていたのか。 はっきり言えば、当時の市場の株価は、異常な割高だったということだ。 何しろ当時のPERは60倍~80倍もあった。今にして思えば、明らかに異常な株価だ。 しかし当時は、日本のGDP成長率が毎年5%も伸び、この高成長を考えれば、高PERも正当化されると考えられたし、地価が天井知らずに上がっていた時期でもあった。これも今では信じられないが、東京の土地代だけでアメリカ全土が買える、というほどのメチャクチャな異常地価だった。 ◎バブルで高く履かされたゲタを正常にしていく過程 地価の高い時価を加味すれば、株価は割安、とも信じられた。そのもっともらしい尺度として「Qレシオ」が喧伝された。会社や工場の敷地を高い時価で評価し、時価総額の何倍になっているかという尺度だ。1倍未満だったら割安とされ、どんどん買い上げられていった。 まさにバブル、であった。 バブル破裂後の株価がつるべ落としに暴落していったのは、PERを世界基準に揃える過程だった(下の写真の上=何度もあった暴落を一面で報じる新聞。下の写真の下=バブル崩壊の最中、4大証券の1つの山一証券が破綻した)。バブル崩壊で、デフレ的雰囲気が醸成され、高PERを正当化できなくなった。さらに異常な高地価も、株価に1年遅れで下落を始め、こちらも是正された。 つまり1989年の高PERは、市場関係者と投資家に痛みを強いながら、少しずつ世界水準に収斂していったのだ。 ◎それでもなお割安、未踏の4万円台に そして日経平均新高値を取った今の株価は、どうか。PERは16倍ちょっとで、アメリカのS&P500種の約20倍超よりもずっと低い。日本の企業業績の伸び、ファンダメンタルスの良さから考え、18倍まで買えるという。 企業の配当も、どんどん高くなっている。配当利回りが5%を超える会社もあり、預貯金などを見れば、ここからも魅力がある。 さらにスターリニスト中国を見限った外国人(中には香港の投資家もいる)から怒濤の買いが続いており、さらに枠の拡大された新NISAへの投資初心者の流入もある。 たぶん未踏の4万円載せも、遠くはないのではないか。 昨年の今日の日記:「日本だけが取り残されたバイデン大統領のウクライナ訪問、実質的な支援のできない日本の岸田は行けないかも」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202302230000/ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.02.23 06:23:27
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