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カテゴリ:韓国姑との同居
シオモニの容態がおかしいと連絡があったのは,月曜日の朝。
就業教育がおこなわれる女性会館にむかう車の中だった。 健作さんにお兄さんが電話をよこしてきたのだ。 お兄さんは病院に向かい,健作さんは店の急ぎの修理の仕事を 解決するように,とのことだった。 私を女性会館に下ろして健作さんは店に向かった。 5分位してからだろうか。 健作さんから電話があった。 亡くなったという。 お兄さんが病院に着いたときには,息を引き取った後だった。 それから,子供達を呼びに行き,斎場にむかった。 水曜日の昼には一段落ついてしまった。 満で95歳。 入棺して,土葬まで済んだ。 お兄さんの通う教会の共同墓地に入ることになり,30年前に 亡くなったお父さんもう,この際一緒にお墓に入れることになった。 もともと土葬してあったお父さんを掘り起こして,火葬をし直して お母さんの隣に小さく入ることになったのだ。。 葬式自体はあんまり大変ではなかった。。 うちは甥っ子姪っ子が多いので人手は沢山あるんだよね。 うちのシオモニとは初めの頃はいろいろあった。 気心知れてくるとだんだん、親だなあって、思うようになった。 実家の母に言えない話もできるようになった。 そうしてわかった事。 シオモニは嫁と娘の区別はなかった。 男女区別はあるんだけどね。 いろいろあったけど,全て過去の事。 健作さんのショックは大きい。 末っ子で他の兄弟が分家していくなか,ずっとシオモニと一緒だったもんね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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