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Manachan's World-東京下町日記

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2007年03月15日
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今日が、大連での最後の出社日となります。

2005年3月2日に、大連上陸して以来、まる2年と13日。合計、743日におよぶ当地での職業生活に、自ら、ピリオドを打つ日がやってきました。

ところで、昨日の日記でお話しした通り、米国人のエグゼクティブと、一対一で話す機会を持ちました。そこで、(自分の処遇に対する不満を含めて)「会社をより発展させるための提言」を、いくつか行いました。とても良い会話ができたと、自負しています。

ですが、言いたいことを一通り言い終わったあと、ちょっとだけ、悲しい気持ちになりました。

私が本当に言いたかったことは、そんなことじゃなかったのです。本音は、

この2年間、私に思う存分、活躍の機会を与えてくれた大連に感謝したい!!

気持ちで一杯なのです。


思えば2年前、私はオーストラリア・シドニーという、居心地の良い土地を、自らの意思で飛び出しました。その背景には、「グローバル化と激変するIT業界」という状況がありました。

グローバル化の流れのなかで、オーストラリア人IT技術者の職が、中国、インド、マレーシアといった、労賃の安い国に、どんどん流出していく。それを目の当たりにした私は、


このまま、今の仕事を続けていたのでは、早晩、自分の仕事が途上国に取られてしまう。

職を失いたくなければ、「途上国の人間に取られる」ような仕事ではなく、「途上国の人間を使う」立場に、立たなければならない。

それを実現するためには、まず中国に行って、中国の社員になり、部下を使ってマネジメントする職に就くことが一番の早道だ



そこから、「大連」という選択肢が浮かび上がってきたのです。まさに、21世紀初頭の、グローバル化経済こそが、私と大連とを、引き合わせたといえましょう。

私は、身重の妻を連れて、大連に移住しました。その後、大連での出産・育児という難問を抱えつつ、厳しい仕事に取り組み、実績を上げるなかで、この2年間、職業人としても、また父親としても、大きく成長できたと思います。その意味で、大連に来たことは、大正解でした。

その大連に、自分の意思で、別れを告げる日が、ついにやってきました。あと、24時間もすれば大連の地を離れ、今後当面、戻ってくることはないと思うとき、

不思議と、この街が、とっても、優しくみえてきました・・・。


この2年で、大連もずいぶん変わりました。2年前より、高層ビルやマンションが増え、クルマの数、日本料理屋の数は爆増しました。夜景も、一段と明るくなり、その反面、スモッグはきつくなったような・・・。

大連が変化したように、私自身も、ずいぶん変わることができました。仕事の面でいえば、今後オーストラリアに帰っても、或いは日本に帰っても、これまでよりも、一段も二段も高いレベルの職種を狙える自信ができました。途上国のエンジニアに、おいそれと職を奪われない立場を確立した・・・というより、彼らと協業して、より付加価値の高い仕事をする実力がつきました。

また、慣れない大連の環境のなかで、娘が誕生し、妻と協力して、無事、1歳6ヶ月まで育てあげたことによって、人間的にも、より成長できたと思います。

そして、職場でもプライベートでも、たくさんの、良き出会いに恵まれたことも、忘れてはなりません。

目まぐるしく動く、我が人生。その、30代中盤~後半という時期を過ごすうえで、大連は、最高の舞台だったと、いま改めて思います。


大連・人民路のイルミネーション

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最終更新日  2007年03月15日 03時30分20秒
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