|
カテゴリ:辻説法
この大曼荼羅は我が師日蓮大聖人の直筆の写真です。 弘安五年六月に御図顕の大曼荼羅 ! お亡くなりになる四ヶ月前のものです。 立正安国会の御本尊集の 【 123番 】 最後の大曼荼羅ですが この写真は安国会の写真ではありません。 【 日蓮聖人門下歴代 御本尊集成 】 の十五番目に収録されています。 所在の寺は京都の本国寺です。 十四五年前に何体かの大曼荼羅が盗難に遭いました。 この大曼荼羅が今も本国寺にあるかどうか拳骨和尚は知りません。 我が師日蓮の筆法は独特です。 書の発祥に地 中国にも ! 朝鮮にも ! 勿論 ! 日本にも ! 他にありません。 字と字が二重にも三重にも重なり合い ! 字のすべてが連なっています。 この写真はかなり大きく写っています。 よく御覧下さい ! こんな筆法で字を書く勇気のある書家はいません ! どんな有名な書家でもこの筆法で書いた 【 書 】 を展覧会に出すと 必ず ! 没にされます。 間違いありません。 もし貴方が小学生の時に作文の時間に 【 字と字をくっつけて書いたら 】 担任の教師はきっと ! 親を呼び出だすと思います。 拳骨和尚の吉野智応は ! 宗教法人 大日蓮宗の僧です。 大日蓮宗は興門派です。 日目上人の弟子の日豪上人の流れを汲みます。 大日蓮宗の龍福寺 高山日行上人の 【 印可 】 を受けて大曼荼羅を 書写しています。 本当に ! 今は大石寺とは何の関係もありません。 ですから ! 大石寺の唯受一人の血脈相承など知りません。 解かりたいとも ! 知りたいとも ! 信じたい ! とも思いません。 【 御肉牙 】 同様 【 偽 ・ 嘘 】 だからです。 【 嘘 】 を 【 嘘 】 と言う ! 勇気の塊の ! そんな拳骨和尚が我が身命と引き換えに書写した 【 一千八百九十一体 】 目の大曼荼羅です。 この大曼荼羅はこの信心をしたものだけしか持てないのでは 決してありません。 本当は ! 誰もが ! 持たないといけないのです。 拳骨和尚は 硯で墨をすり 和紙に筆で 【 手 】 で書いています。 他にどんな書き方がありますか。 拳骨和尚は最初は墨汁を使いました。 五百体の書写を過ぎる頃から使わなくなりました。 何故か ? 墨汁を使うと字が黒くなり過ぎるのです。 コピーしたように 【 ベチャ 】 となるのです。 字のかすれや重なりが判らなくなるのです。 それと日蓮大聖人の時代には 【 墨汁 】 が無かったからです。 大聖人は決して墨を他の人にはすらせなかったと思います。 今は亡き我が師石川秀頴上人は大石寺64世水谷日昇管長の本尊書写の 墨をすったと言われていました。 大聖人は弟子と言えども他人に墨をすらせることは無い ! と思います。 拳骨和尚は 今後 ! 墨汁は決して使いません ! と決めました。 大聖人と拳骨和尚の大曼荼羅の墨の濃淡とかすれ 字と字の重なり具合と ! 連なり具合 ! この微妙な重なりを ! 陰影を ! 直筆どおりに ! ! 寸分違わず ! 板に再現して ! 彫刻するのは不可能です。 それが証拠に犀角独歩さんの写真は三枚とも微妙に違います。 昔も今も超一流の 【 質屋 】 さんは後継者を育てる時 ! 【 本物 】 しか見せないのです。 真贋を見抜く目は 【 本物 】 を見続けるしか方法が無いのです。 さすれば 【 偽物 】 を見た瞬間に ! 必ず ! 五感が見抜くのです。 理屈では無いのです。 しかしコピーのような印刷でかすれも重なりも判らない 縮小の 【 御本尊さま 】 を見続けてきた人には ! 日蓮大聖人の直筆の大曼荼羅は 【 偽物 】 に見えるでしょう。 だって ! 本物を見たことが無いものですから ! 違いますか ? 後は提出された証拠を見ればよいだけの話です。 動かぬ証拠があり ! 提出され ! 衆人環視の下 ! 万人の目にされされているのに ! いや ! 絶対に僕が正しい ! と言うのは ・ ・ ・ 犯罪になります。 犯罪を犯すと 【 刑事罰 】 が待っています。 拳骨和尚は 【 犀角独歩 】 さんの素晴らしい精度の高い写真が みなさんに御披露される日を心待ちにしています。 日本広しと言えどもこの証拠写真を持っておられ 発表する勇気のあるお方は 【 この人 】 だけだと思います。 今日は二週間に一度の治療とリハビリの日でした。 本当に良くなって来ました。 拳骨和尚は今日は炊事当番です。 これから作ります。 親友の美濃さんの話は明日にいたします。 拳骨和尚 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[辻説法] カテゴリの最新記事
|