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カテゴリ:お出かけ♪
続きは”耕三寺”敷地内にある”潮聲閣(ちょうせいかく)”です。
ここは、事業に成功した金本福松(後の耕三和尚)が、 昭和2年に母のために建築した邸宅で、 母親が昭和9年に亡くなってから出家し、 この母親の菩提を弔うために邸宅の周辺に耕三寺の造営を始めたそうよ。 廊下や天井にクスノキや屋久杉の一枚板が使われていて、 それだけでも贅沢だと思うのに、 廊下の窓や浴室の窓にステンドグラスがあったり、 居間に中国の調度品があったりするのよ。 こちらが、廊下にあったステンドグラス。 ![]() そして、母親の居間やお内仏(仏間)の内装も贅を尽くすもので、 一枚板に彫刻をしたという欄間や、蒔絵を施した襖。 天井には、四季折々の花や鳥の絵(母親の居間)だったり、 観音様などの絵(仏間)が綺麗な色彩で描かれていたよ。 ![]() ![]() お客様を迎える場所には、こういうものがないので、 母親への敬愛の念が現れているように思えるね。 境内の鮮やかな色調の堂塔とはまた違った、 落ち着いた雰囲気を味わうことができる場所でもあったよ。 ![]() 境内にあった紅梅、蕾がふくらみつつあったよ。 寒い中にも春の足音かな? 四季折々の草花も楽しむことが出来るそうなので、 緑の多い季節にまた来てみたいな。 堂塔は、古い建築物を模して造られているとはいえ、 独創的な改良や改造を施してあって、 「登録有形文化財」に15の建築物が登録されているそうよ。 人それぞれ、モノの捉え方や感じ方が違うので、 「金持ちのマザコンの道楽で作ったお寺」と言う人も居るようですが、 財と年月と工夫によって造営した「母の寺」で弔ってもらっている「お母様」とは、 どんな方だったんでしょうね? プチマはそちらの方に興味があるよ。 耕三寺堂塔、潮聲閣 詳しくはこちらからどうぞ ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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