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院の同級生には学部卒の方が多くいる。彼らは就活戦線真っ只中だ。
25年前の私達の時代とは就職に対する感覚が違うだろうと思っていたのだが、どうも同じ感覚を感じる。終身雇用が崩れ個々のキャリアが重要になってくる。これは我々の年代で感じていることであって、彼らは自分の将来に対して何が重要かがわからないからだろう。 当たり前のことだ。学生と社会人とは雲泥の差がある。社会という大人の世界がわからなのは当然で、経験しかないと思う。これは法とか理念とかの問題ではなく体感の問題が大きいからだろう。 就職は結婚と似ていると言われる。行きたい業種、会社でその時に求人が発生するかどうか?縁があるか?時代の流れ、景気も大きい。運良く相思相愛で会社に入れた。しかし、いざ入ってみると例えば自動車メーカーに入ったのに経理にまわされたりもする。なんだ、こんな仕事はオレの思っていたものじゃない。結婚で言うなら彼、彼女はこんな人だったのか!思ってたのと違う。 実は会社に入って自分が興味があり面白いと感じられることは、ほとんどないと言ってもいいだろう。目の前の実務は自分の理想の実現の重要なものだが面白みがない。これに気が付く、いや耐えることが重要だ。 面白く仕事をすることは大事だと思う。しかし、実務は面白くないことが多いことも事実だ。そして実務は非常に緻密で習熟は速度が遅い。だから満足感が得にくい。耐える、満足感を得るまでには好奇心があるかどうかが大きいと思う。 内なる好奇心は本から、外への好奇心は人と話して感じることから得られる。そして感じることは自分の今までの生活、生い立ちからしか出てこない。 就職は自分を見つめるいい機会だと思う。結婚もしかり、転職もそうだと思う。 結果には原因がある。 原因はどこにあるのだろう。そこに気付ける自分でありたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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