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お盆の休みは平年とは違ったものになった。
実家が改装するため、家財の整理を手伝った。 うちのオヤジのオヤジのオヤジの時代のものが、わんさか出てきたのだ。 牛に引かせる鋤、冠婚葬祭の時に使う炊き出し用の2m以上もある大鍋x2。圧巻は銘々の御膳。なんと50客以上もある。それに合う食器類がこれまた50x6くらい。 10の30乗くらいの労力がいった。 代々のものを使えるかどうか考えながら、なんで先達はこんなに大仰なことをしていたのだろうかを考える。 地方在住の方ならわかるだろうが、すべてを外に向けて光を放つことに集中していたのだと思う。結婚式、花嫁を送り出す側、迎え入れる側。葬儀の接待。盆、暮れ祭りの行事。すべて家を主体とする地域組織が担っていた。だからこの地域はみんなで頑張らなくてはいけない。よそ様に負けられない。勝つための共同体で、一定の水準を持っている。これに反してはいけない組織文化ができていた。これに異を唱える輩である。良いことを言ってもそれが全体に受け入れられなければいわゆる村八分になる。 外を見る余裕もなく、朝日が昇れば畑へ行き、種まきの種が見えなくなれば終わる。夕食もそこそこに大根を洗い、葱の泥を落とし、深夜まで作業を続ける。それが地域の水準であり、文化だった。 なんだか、一昔前の企業体質によく似ている。 実家の台所は北側の一番日当たりの悪いところにある。入り口は当然のように2か所。玄関と土間。文字通り戸を開けると土が敷き詰められている。(がばいばあちゃんの映画です) 他人は玄関からお通しし、家族は土間から。 リビング(台所兼食堂はもちろん北側。寝るところも北側)本間の日当たりのよい10畳部屋は普段は未使用。仏間に至っては朝夕チーンする時に開け放たれるだけ。ここには子供は手を合わせる時にしか入ってはいけない部屋なのだ。下手すると家相の関係とか風水とかによって便所が外にあることもある。我が家もかってはそうだったが。 そんな地方出身者が、広島から抜け出て東京にはばたくのには大いに勇気がいる。 コロンブスは立派だった、戦国の志も立派だった。地域の枠を破って出て行ったからだ。 一昔前の会社は家族経営、一生勤務すれば年功で賃金が上がってゆく。会社もこれを是としてきた。これが文化であると思う。その前は滅私奉公することこそ本望との時代もあった。 これらすべてが日本の文化だと思う。 昭和の高度成長期からバブル期、バブル崩壊、就職氷河期、大リストラ時代へ。 日本の文化がアメリカの文化に民主主義の名のもとになおざりになってきている。 だからこの日本を良くするために政治家を志す!とは思わない。 ちっちゃく生きる社会人おとっつあんで生きる。 でも少し、会社の枠を取っ払ったことを考えてみる。それがおれの人生の本望なのだろうか? 現実は甘くない。だから、会社を利用して自己実現をはかってやりたい。 そんなこと考えている横で娘が言う。「今年はいっちょ、原宿へ行ってくるけぇねぇ。」 彼女も中学の枠を超えようとしているらしい。 ジャニショへ行くという。ジャニショ?? 父「ジャニショでなにしょん」 娘「うんこたれ!ショッピングよ~ね」 父「何、売っとん?」 娘「ハげじゃねぇ。横山、たっちょん、しょうちゃん、テゴマスの写真やウチワを買いにいくんよ。」 父「横山やすしにたったりしょげたり、手ごめに遭ってなんてところへ行かせるわけにゃいかん!!!x12乗」 娘「うんこマンじゃのう」 こうしてジャニーズショップへ行きたい娘が出来上がってゆく。 仮想自己実現。これも訓練かねぇ。 とほほx20乗じゃ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.08.18 02:22:54
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