2008/01/16(水)05:40
百人一首殺人事件:その10
「さて、海の歌から流人が連想され、その中からとりあえず小野篁に注目した」
「そうでした。その篁さんて、どんな人なんです」
「小野という名字で分かる通り、小野妹子の子孫で、小野家といえば文科の家系として名高く、小野小町も小野家の美女という意味だから親戚なのじゃろう……篁の娘という説もある」
「へえ……小町って本名じゃないんですか」
「そう。小野家には他に書道の名人である道風もいるな」
「はい、聞いたことがあります」
「さて、篁は嵯峨天皇にお仕えしたが、こんな逸話がある。
天皇が『善悪無』と書かれた看板を見つけ、読み方が分からないので篁に尋ねると、
『失礼なものを読む訳にはまいりません』
と答えた。天皇が、
『構わないから読め』
とおっしゃると、
『さがなくてよからん』
と読んだ」
「……どういうことです」
「『悪』の字を『さが』と読んで、『嵯峨天皇がいなければいいだろう』って意味にした」
「本当ですか」
「どうみてもこじつけじゃ。だから天皇もお怒りになった。篁はすまして、
『だから最初に読まない方がいいと申し上げたのです』
と言う。
『書いてあるから読んだというのなら、何でも読むのだな』
とのお尋ねに、はいと答えたから、帝は紙に『子』の字を12回書いて差し出した」
「子から始まる十二支じゃなくって、同じ字を12回書いたんですね」
「そう」
「篁さん、読みましたか」
「『ねこの子の子ねこ、ししの子の子じし』と読んだ。『子』の字を十二支の『ね』、子供の『こ』、音読みの『し』と使い分けたのじゃ」
「なるほど……こじつけにしてもお見事ですね」
「それで天皇もお許しになったという」
「納得です」
「これは『宇治拾遺物語』にある話だが……作り話じゃろうな」
「あら……どうしてです」
「天皇は在位中は全部『今上天皇(きんじょうてんのう)』といって、死んでから初めて何々天皇という呼び名が送られる。だから生きている間に『嵯峨天皇』とは言わない」
「あ、そうなんだ」
「まあ、それにしても篁の皮肉な人柄と才能はよく伝えている話じゃな」
「この篁が『百人一首』の海の歌が暗示する人なんですか」
「まあ、篁に関してはもう少し面白い話もあるし、また次回にしよう」