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カテゴリ:合作映画
彼は、器なのだ。
なみなみと注がれる「自己」は 全て「役柄」でしかない。 ピーターセラーズ、稀代の喜劇役者、 何にでもなれる男。 ジェフリー・ラッシュの名演に、 エミリー・ワトソン、 シャーリーズ・セロンと、 セラーズの妻を演じた女優陣も上手い。 なににもまして、この作品、 現実と独白と劇中劇と織り交ぜて、 巧みな構成でセラーズの人生を赤裸々に描く、 スティーブン・ホプキンス監督に舌を巻く。 「24」の監督として名を馳せた彼の、 演出の巧さに終始、圧倒される。 1950年初頭のロンドン、 ピーターセラーズはまだラジオスター。 映画に進出したいが、 チャンスになかなか恵まれない。 だが、彼は何にでもなれた。 老人にもソフィア・ローレンの相手役も クルーゾー警部にも、一人三役も。 世界的な人気に評価もあがるが、 同時に彼の「自己」は押しつぶされていく。 何にでもなれるから、 何者にもなれないでいた。 『博士の異常な愛情』の撮影中、 母親が訪ねてきても役から抜け出せない。 お母さん子だったセラーズとはまるで別人。 「あの子に会えなかったわ」 母親は哀しそうに独白を投げかける。 息子がスターになる夢を見ていたはずが、 もう彼女の息子はどこにもいない。 最初の妻、アン・セラーズは、 諦めたように彼の元を去っていった。 ソフィア・ローレンを愛する役のセラーズは、 彼女が本当にセラーズを愛してると思っている。 「家に帰ったほうがいいわ」 だがもう家には帰れないでいた。 「役柄」を演じるセラーズ。 ジェフリー・ラッシュは、劇中劇を演じ、 セラーズの父や母を演じ、妻のアンを演じる。 しかも、映画監督までも演じている。 彼は「役柄」になり「他人」になり、 忙しく動き回っているが、 一人になれば、たちまち動きが止まる。 床に転がり宙を見ている彼は、 「自己」を取り戻しているわけではない。 彼は、器、「自己」のない器、 だから『チャンス』を撮りたがった。 『ピンク・パンサー』シリーズよりも。 庭師のチャンス、ただそこにいるだけのチャンス。 彼は、器なのだ。 なみなみと注がれる「自己」は 全て「役柄」でしかない。 だからこそ、完璧に役になりきっていた。 『ピンクの豹』の監督ブレイク・エドワーズとの、 待ち合わせ場所の店の前にセラーズがいる。 雪の中、じっと立ちつくすセラーズ、 一人になれば、たちまち動きが止まるセラーズ。 それは、新しい「役柄」を待つセラーズなのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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