幸せな 未来を託した パリの街
日曜日から書いている「小説を通しての世界一周パリ編」。その締めくくりに、狗飼恭子さんの「東京がパリになる日」を取り上げたいと思います。このお話の舞台は、決してパリではありません。回想と夢の中でパリが登場するけれど、史恵と賢太郎が手をつないでいるのは、(きっと)東京。それなのにここでご紹介するのは、単純に面白かったから(笑)。旅行代理店で窓口のお姉さんをしている二十七歳の史恵と、大学を卒業してから美容師になるための学校へ通っている賢太郎。賢太郎は二十五歳にしていまだに大分の実家から仕送りをもらい、アルバイトもせずに史恵の家にいついている、いわゆるヒモ。史恵が同僚たちに賢太郎を紹介すると、高校生のような容貌の彼を見てみな「囲っている」とか「馬鹿息子」とかからかいます。だから、毎月賢太郎にお小遣いをあげているという事実は、誰にもナイショにしている史恵(笑)。頭のネジがやや緩み、天然な発言を連発する賢太郎と、お姉さん目線で彼をこよなく愛し、常軌を逸した理屈もお金を差し出すことも許してしまう史恵とのやりとりが、まるでコントを観ているようで面白い。ある日、賢太郎は突然パリで美容室を開業したいと言い出し、それを聞いた史恵は、来年予定されている勤続五年でもらえる長期休暇を利用して、二人でパリへ旅行しようとひそかに決意します。実は、史恵にとってパリは以前失恋の痛手を負った苦々しい場所なのですが、賢太郎との幸せな未来を信じ、パリに思いを馳せるのでした。結末では、なぜかファミリーマートのレジに設置されている募金箱を手に携え、史恵は一人夜の街に佇むことになるのですが・・・。けっきょくこの物語のなかで史恵はパリにたどり着くことができないのですが、彼女にとってかの地は愛する男性との夢を(二度も)託し、そして裏切られてしまった見果てぬ夢の街。人間を何十年もやっていると、なぜかそういう奇妙な縁が芽生えてしまう場所ってありますよね。変な話かも知れませんが、健気でかわいそうな史恵の分も、パリを訪れたら幸せな気分を取り返してきてやりたい、と思ってしまいました。あるいは、こうも思います。もしかしたら、パリという街は史恵にとってそうであったように、遠くから夢見ていることが一番幸せなのではないか、と。これはパリに限らないかも知れないけれど、どこか華やかな街へ旅する時には、その理想郷を訪れることを夢見ている時間が最も豊かなひとときで、実際にこの足でその街を踏みしめた瞬間から、その豊かさは目減りしていくのではないでしょうか。理想の美しさと、現実の過酷さ・・・。そういう意味では、わたしにとって旅へ出る直前の今が、いちばん味わい深い時間なのかも知れません。ということで、旅立ち直前の「小説を通しての世界一周パリ編」は、この辺りでお開きとさせていただきます。最後に。独特の文章のリズム、奇想天外な物語の展開力、そしてその奥に感じられるユーモア溢れる人柄に触れたような気がして、著者の狗飼さんに親しみを覚えてしまいました。ありがとうございました!!【三文日記】明朝4時過ぎ、いよいよ旅立ちます。11時間のフライトの後にフランクフルトを観光したいと思っているので、長い一日になりそう。どうか万事うまくいきますように。●今日の天気晴れ時々くもり。●今日の運動ジョギング30分。