1681695 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

目標達成!!ドリーム・ゲート

目標達成!!ドリーム・ゲート

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2019年12月30日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類


さて、昨日はわが塾の大掃除を生徒とともにおこなった。
「掃除」というものはやらされるものではなく、自ら感謝おいを持ってその場所をきれいにするという
ものである。
生徒には僕からは「きれいにしてね」とだけ告げて後は生徒に任せるようにしていいる。
しかし、この「掃除」は生徒の「何かにとりくむ」姿勢を如実に見ることができる。
例えば、トイレ掃除。女の子が男子トイレを掃除してくれる。手袋もなしで雑巾で床から便器までを吹き上げる。この季節、水は皮膚を切るように冷たい。それでも、雑巾を絞りきれいにした状態で吹き上げる。そうしないと汚い雑巾で拭くと、結局は汚れが残ってしまうのだ。
文句ひとついわずにそれができること、それから逃げる子がいる。
ドアを拭いてね、というとドアしか拭かない。ドアノブや手の届かないところまではやろうとしない。
ああ、もう少し気を利かせてくれたらなあ、とおもいつつ僕がやってしまう。
自ら率先してやることを教えると、自分で汚れているところを見つけては「ここを●●していですか?」と僕に聞きに来て、「どうぞ」というと見事にきれいに仕上てくる。
そういうのを見ていると、まさに勉強の取り組み方と良く似ている。
ここまでやって来ようといっても、やってこない生徒とその先までやってくる生徒。板書をきれいに書く生徒とそうでない生徒。ノートにちょっとした気づきをコメントを入れる子とそうでない子。この差を教えていくも、それが吸収できること垂れ流す子。
まあ、掃除も「勉強」とおもってやってくれる生徒がいてくれるだけでもありがたい。
これで、きれいな教室で新年を迎えられる。

生徒たちよありがとう!





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年12月30日 15時34分17秒



© Rakuten Group, Inc.