回転不足もwrong edgeも基準は一定だが、判定はジャッジによって厳しかったり緩やかだったりする(結論)
過去に浅田選手(2季前の2A+3Tと昨季の3F+3Tの3T)、中野選手(3A)の判定がやや甘く、少し回転が足りなく見えたのを認定してもらって――といっても、4分の3は回っていると判断されただけとも言える――命拾いをしたのは事実なのだが、今回のNHK杯のダウングレード判定は誰に対しても公平に厳しかった。今シーズンは総じて非常に厳しいのだが、Mizumizuが見て、これは甘いのでは? と思った選手が2人だけいる。1人は先日動画を紹介した、アメリカ大会でのキム・ヨナ選手の3F+3Tの3T。回転不足気味に見えたがダウングレードされず、逆に加点された。もう1人は、カナダのパトリック・チャンのフランス大会でのショートのフリップについた「!」判定(wrong edge short)とそれに対する減点だ。「!」判定は、「E」(wrong edge)判定より微妙なものに対して、「警告」のような意味で与えられる判定で、GOEは「審判の自由裁量に任せる」という指針が示されている。より明白な「E」判定がついたら、「審判はマイナス1からマイナス3の減点をしなければならない」のがルールだ。Wrong edgeは「明白にかかえている選手(ウィアー選手のフリップのようにいつもwrong edge)」「潜在的にかかえている選手(キム選手のフリップのように踏み切りの直前にwrong edgeになりかけた状態になる)」「ときどきやってしまう選手(チャン選手のフリップように、だいたいいつも正しいエッジで踏み切るが、突発的にエッジがかわってwrong edgeになることがある)」がいる。ウィアー選手のように常習的にwrong edgeの選手には減点が厳しい。だいたいE判定になってしまうのだが、アメリカ大会ではスペシャリスト(判定を行うジャッジ)は「!」判定にした。一方の、常習性のないチャン選手だが、フランス大会でのショートは、突発的にフリップのエッジが変わってアウト(つまりルッツの踏み切りエッジ)になってしまった。Wrong edgeも回転不足と同様、肉眼では非常にわかりにくいのだが、このときのチャン選手のwrong edgeだけはハッキリわかった。しかも、採点システム(そして、カナダのバトル選手の優勝)に文句をつけたジュベールの国フランスだから――かどうか知らないが、チャン選手(つまり、新しいカナダの有力選手)のフリップを、エッジの踏み切りが一番よくわかる背後から撮ったビデオで再生してくれた(偶然? すごいなぁ)。エッジ踏み切りがインかアウトかというのは、後ろからみると非常によくわかるのだが、チャン選手のショートのフリップは、これ以上ないくらいwrong edgeだった。ところが判定は「!」。アメリカ大会のときのウィアー選手と比べるとウィアー3F(!) (GOEは0が2人、マイナス1が3人、マイナス2が3人) チャン3F(!)+3T (GOEは0が8人、マイナス1が1人) 同じ「!」判定なのに、GOEがこんなにバラバラなのだ。ウィアー選手のGOE減点は「E」判定のときと同じぐらい厳しい。チャン選手は同じフランス大会のフリーでは、しっかりインで踏み切ってフリップを跳んでいた。つまり、ショートは突発的なwrong edgeだったのだ。だが、突発的とはいえ、非常に明白なwrong edgeで、マイナス1をつけたジャッジが1人だけというのはあまりに甘い。キム選手の「E」判定と「!」判定のGOEもずいぶんと甘かった。スペシャリストとGOEジャッジの見解の違いをはからずも示してしまったともいえるが、キム選手へのGOEの強引ともいえる甘さも同時に露見してしまった。「E」判定になったら、GOEはマイナス1からマイナス3をつけなければいけないのに、なんとプラス1にしたジャッジが1人、ゼロで減点していなかったジャッジが1人いたのだ。スペシャリストの判定を誤りだとするGOEジャッジがいたのだとしたら、審判団がみずから、スペシャリストの判定は信頼に足らずと言ってるようなもの。野球で主審が「ボール」と言っているのに、副審が「いや、主審のミスジャッジだ。これはストライクだ」と強引にストライクにするようなもの。いくら微妙なところだったとしても、それはありえんでしょ。キム選手に初めてE判定がついたから、混乱したというのも言い訳にならない。これまでついてなかったのにE判定を取られた選手はほかにもいるし、その選手の場合はGOEはきちんと規定にそってつけられていた。つまり、明らかに変なGOEをつけたジャッジがいたのはキム選手だけなのだ。チャン選手の場合は、偶然(??)フランスで、wrong edgeが一番わかりやすい方向からカメラが撮っていたということもあって、「ここまで明白な違反で、GOEでの減点がほとんどないのは甘いなあ。目をつけられていない選手だからかなあ」と思った。そういうことはもちろんある。常習性があればジャッジの目はより厳しくなる。さてさて、日本のみなさんは、浅田選手の3A+2Tの3Aが認定されなかったのが、大変に厳しい判定だったということはわかったと思う。プロの、しかもつい最近まで現役の選手だった荒川選手がスローで見て「大丈夫だと思う」といった3Aが回転不足判定。もちろん、ちょっと足りなかったのは事実で、よくよく見れば氷上でエッジの先が降りてから回っている。同じく、3Aに対する厳しいダウングレード判定を食らった選手がいる。それがまた、なぜかウィアー選手と同じアメリカのライザチェック選手なのだ。ライザチェックは今回4+3の連続ジャンプを回避している。単独の4Tもあまり決まらず調子が悪い。それは仕方がないのだが、なんと彼、フリーの3A+2T+2Loの3Aをダウングレードされてしまったのだ。これは浅田選手のパターンとまったく同じ。結果、思いもかけない低い点になってしまい、コーチが不審な顔をしていた。回転不足判定は複数のスペシャリストが担当しているし、GOEはまた複数の別の審判がつけたものを基準にそって抽出し、平均をとる。その意味では、審判の不正は以前よりずっとしにくくなったのは事実だ。だからといって、それが「不正がないことの証明」にはならない。もちろん、「不正がある」証明にもならないが。明確に不正がないとしても、ジャンプの回転不足を厳しく取れば(なにせ回転不足と判定されれば、その下のグレードのジャンプの失敗にされてしまうのだから)、プレッシャーを受けるのは、高度なジャンプをもつ選手だ。「あれで認定されないの?」と動揺すれば、ますます緊張して自滅する。高度なジャンプをもたない選手は、高度なジャンプを持つ選手がそれを決めればまったく勝ち目はないが、「ちょっとした回転不足」のような目にも見えないようなキズを「信じられないぐらい」大幅に減点してもらえれば大助かりだ。今の浅田選手やライザチェック選手に対する3Aのダウングレード判定は、まさしく「信じられないぐらいの」大幅な減点だ。浅田選手以上に回転不足になりやすい中野選手のトリプルアクセルも同じ運命。では、こういうルールで、大助かりする選手は?女子ではコストナー選手とキム選手、男子では4回転をハナっからやらないチャン選手なのだ。で、国際スケート連盟の、会長とフィギュアの副会長って誰でしたっけ?http://www.isu.org/vsite/vcontent/page/custom/0,8510,4844-161657-178872-20148-73966-custom-item,00.html伊藤みどりが、4回転に挑戦する男子選手に対して、「4回転の評価を下げようという方向のなかで、よく頑張っている」と言っていた。そう、基礎点をあげたといいながら、GOE減点幅も増やし、さらに回転不足ですぐダウングレードする今のルールは、「4回転の評価を下げる」ルールなのだ。そんなことをせずに、4回転はもともと危険なのだから、禁止技にしてしまえばいいじゃないか。今のようなルールでは、なまじっか技術をもつ選手は挑戦しないわけにはいかない。せっかく挑戦しても、その判定があまりに理不尽で、あまりに一発勝負なのだ。皆が目指しているオリンピックというのは、極度の緊張を強いられ、いつも跳べるジャンプすらミスる舞台。荒川静香はあえて3+3を回避し、他の有力選手が失敗して自滅したために金メダルを取った。キム選手やチャン選手は、その方法で勝とうとしている。しかも、ルールをいじるにはもう遅すぎる。日本のメディアがやれ「4回転に挑戦!」だの「トリプルアクセル2度!」などと囃し立て、一般のファンも大技さえ決まれば勝てるかのような幻想をいだいている間に、どこかの誰かが、去年、今年と少しずつルールを変え、高度なジャンプに挑戦する選手には「ありえないぐらい不利なルール」を確立してしまったのだ。それが素人のファンにも明白になったのが、今回のNHK杯だったと思う。ここまで浅田選手・鈴木選手(2A+3Tの3Tがダウングレード)に厳しく回転不足を取るからには、セカンドに3Tをもつキム選手の回転不足にキッチリ目を光らせないわけにはいかないだろう、特に日本人のフィギュアファンは。スロー再生してくれるかどうかわからないが、キム選手が回転不足になるジャンプは決まっている。3F+3Tの3T(と3Fがアウト踏み切りにならないか。このwrong edgeも一部のファンが主張するように、「火を見るより明らかなアウト踏み切り」ではない。ぎりぎりインかな、と見えることも多い)3ルッツ2A+3Tの3T(実は昨季は、これが「足りないかな?」というのもあったのだ。4分の1以下だったと言われればそれまでだが、鈴木選手の2A+3Tに対する厳しさを基準にするなら、この3Tもダウングレードだろう)3サルコウ(案外これもときどき、少し足りないことがある)繰り返すが、NHK杯の判定自体は「疑わしきは罰する」で誰に対しても公平だった。だが、ここまでやってしまったら、必ず今後の試合で「少し足りなくても4分の1回転以下の不足だったと判断して、認定したジャンプ」に対する「判定見逃し疑惑告発合戦」になるだろう。すべては、回転不足判定されると減点が苛烈すぎ(基礎点ダウングレード+GOE減点)、認定されたジャンプ(通常加点をもらう)との点差が開きすぎることに原因がある。ホント、なんだってこんなバカなルールと基準を作ったかね。今の日本のフィギュア・ファンは、メディア以上に厳しい目をもっているのを、国際スケート連盟は甘く見ている。「ジャッジはプロだから、常に正しく判定している」というタテマエを一般のファンに信じてもらうのは、もはや無理だ。マスコミもマスコミだ。盛り上げるだけ盛り上げて、視聴率を稼いで商売し、でも採点のタブーにはなるたけ触れないでおこうとしたって、見てるうちにファンは「どう考えたって変だ、この点の出方」「ありえないでしょ、この点差」と気づいてしまう。気づけばネットで調べ始める。そうすれば、ビデオでスロー再生しなければわからないような、本人も観衆も解説者ですら気づかないような回転不足が、ダウングレード判定され、そこからGOE減点と、いわば2重の減点になっている――そして、回りきってさえいれば、お手つきしようがステップアウトしようがオーバーターンしようが、ダウングレードがなくてGOE減点だけだから、そっちのほうが点が下がらない――という、「常識ハズレ」のフランケンシュタイン・ルールがわかってくる。そして、そうなると「判定は公平に行われているの?」という疑問が沸いてくる。微妙な回転不足の場合は、認定されるか・されないかで、点が大幅に違うからだ(基礎点と加点、基礎点と減点だから)。<明日に続く>