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二条城の桜
【清流園】江戸時代に「角倉了以屋敷」から建物の一部 と庭石800個を譲り受け全国から名石300個と集め、 「和風庭園」と「洋風庭園」を作庭。茶室もあり、大茶会とか、 国賓の接待所に利用されました。 土蔵。収納庫(米蔵)そして台所・御清所には、人形が有り 、「お毒見役」も、見られます。 清流園 四季に季節の花が彩り、時間にゆとりがあれば、広域に散策を
楽しめる市民の憩いの場所でもあります。 国宝二の丸庭園の桜 二条城の苑内 【琵琶湖疎水】の一環として、琵琶湖から運河で、トンネルも幾つか超え 此処蹴上の小高き水位から水を一気に落として【水力発電】 の構想を 造り上げた場所で、運河を利用した荷扱いの船は、 【インクライン】 と 言って傾斜鉄道で、平地まで運ばれました。 桜の並木で順次その過程を写真で知っていただければ幸甚です。
地下鉄「蹴上駅」下車 右手の斜めの坂が傾斜鉄道跡 階段を上り詰めた蹴上公園 以前にご紹介しました疎水考案者 田辺朔朗工学博士像 東京工大(東京大学前進)の卒業論文が採用されました。 銅像の前から望む 銅像の前から岡崎公園を望む 銅像の横に水力を利用する傾斜の土管 傾斜鉄道の桜並木 京都一流ホテル 「ウエスティンホテル都」 日本初の水力発電所明治煉瓦造り インクライン 船を載せています。 並木の桜 並木の桜 傾斜鉄道を望む 傾斜鉄道が平地に無事到着 下の水面にもぐり込み船は浮かびます。 噴水が彼の偉業を感謝と讃えをしています。 どれだけ多くの人たちが文明をあじわわしてもらったかを 岡崎疎水の観光船着き場 利用 1000円 時間待ちが長く歩きました。 【蹴上】 (けあげ) 地名伝説 源義経が16歳の時、鞍馬山から奥州平泉へにおもむくとき、 此処で家来と一休みしているときに、平氏の群れ9名の馬が 蹴上った土が義経の鎧を汚したことで 全員切り殺したということです。
京都の桜岡崎公園疎水べりのソメイヨシノの満開風景 写真で送ります。 蹴上インクラインから降りた場所の噴水 観光船はここから乗船 右手に岡崎動物園 珍しく「黄桜」が咲いていました。 向かいが岡崎動物園 バックが大文字山 京都市美術館 観光船 平安神宮の鳥居がかすかに見えます。 平安神宮の橋から東を向いて 平安神宮の橋から西を向いて。 この彼方に 琵琶湖疎水の論文を採り上げた 京都府初代知事 北垣国道(きたがきくにみち)の銅像が立っています 一学生 田辺朔朗(たなべさくろう)の卒業論文を採り上げましたが 莫大な経費予算を要し 「こんど きた がきは ごくどう もの」となじられました 文明開化 水路の運搬 蹴上水力発電 水道水 電車 邸宅の池の水 現在でも潤っています お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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