壁の向こうにあるものー《ひとてま》がつなぐ日本とイタリアー
はーい!きんびーです。公式ブログでの登場は久しぶり☆みなさまお元気でしたか?現在、当館で開催中の企画展「6つの個展 2020」(2020年11月3日[火祝]~12月20日[日])の出品作品の中でも、少し特殊な形で展開している作品、塩谷良太《ひとてま》について、担当学芸員の澤渡さんがこれまでの経緯なども含め、解説テキストを書きました。展覧会を見た方もまだの方も、お時間のある時にどうぞ~。壁の向こうにあるもの―《ひとてま》がつなぐ日本とイタリア―澤渡麻里(「6つの個展 2020」担当学芸員) 企画展「6つの個展 2020」に出品されている塩谷良太の《ひとてま》(fig.1)は、握手という行為や概念を形にした作品です。fig.1 塩谷良太《ひとてま》「6つの個展 2020」茨城県近代美術館 会場風景撮影:大谷一郎 握手をする際に、粘土を互いの親指と人差し指の指間部(水かき)に挟んで手を握り合い、ゆっくり離すと、握手の痕が形作られます(fig.2)。《ひとてま》は、そのようにしてできあがった「握手の痕跡」に釉薬をかけるなどして焼成し、円や半円など様々な形状に並べたインスタレーション作品です。本展で展示されている《ひとてま》(fig.1)は3つの楕円形を中心に構成されていますが、これらはいずれも完全な楕円ではなく、展示室の壁によって一部が断ち切られています。実は、楕円の残り、つまり展示室の壁の向こう側にあたる部分は、現在イタリアで展示されています。fig.2 塩谷良太「ひとてまワークショップ」での握手2020年11月14日(土)※手袋・アルコール消毒等感染症対策を行った上で実施 《ひとてま》は、そもそもは2011年の東日本大震災後に福島の柳津温泉街で行われたワークショップに端を発します。原発事故により避難生活を余儀なくされた双葉郡葛尾村の人々が3ヶ月暮らした温泉街の人々と別れる際、塩谷は「人と人とのつながり」の象徴ともいえる握手を形に残すワークショップ「ひとてま」を実施、焼き上げた「握手の痕跡」を箸置きとして参加者に贈りました。その後、塩谷は留学先のイタリアでこのワークショップを継続すると同時に、「握手の痕跡」を造形的に床に並べるインスタレーション作品《ひとてま》に発展させて、様々な場所で展示しました。このような経緯もあって、新型コロナウイルス感染症により人と人の関係のあり方が変化していく中、その意味を見つめ直すべく《ひとてま》が「6つの個展 2020」に出品されることが決まると、並行してイタリアでの展示計画も進められることになりました。しかしながら、秋以降、各国で新型コロナウイルスの流行が再び爆発的な拡大を見せると、当初ローマの美術学校を会場として想定していた《ひとてま》の展示は中止せざるを得なくなってしまいます。紆余曲折の末、当館の“壁の向こう側”の《ひとてま》が、トスカーナ地方のセミフォンテに建つサン・ミケーレ礼拝堂(fig.3、4)に展示される見込みが立ったのが10月末のこと。新型コロナウイルス第二波のまっただ中ながらも、イタリア側の多大な協力・尽力により、11月下旬、(日本側・塩谷からみれば)リモートによる設営(作品展示)が実現したのでした(fig.5、6、7)*。fig.3 サン・ミケーレ礼拝堂、セミフォンテPhoto by Francesco Sammichelifig.4 サン・ミケーレ礼拝堂、セミフォンテPhoto by Francesco Sammichelifig.5 《ひとてま》展示風景サン・ミケーレ礼拝堂 2020年11月30日撮影Photo by Francesco Sammichelifig.6 《ひとてま》展示風景サン・ミケーレ礼拝堂 2020年11月30日撮影Photo by Francesco Sammichelifig.7 《ひとてま》展示風景サン・ミケーレ礼拝堂 2020年11月30日撮影Photo by Francesco Sammicheliフィレンツェから車で30~40分程度のところにあるセミフォンテは、日本人にはなじみが薄い場所ではありますが、歴史と伝説に彩られた地です。中世の城塞都市だったセミフォンテは、フィレンツェ軍の侵攻により、4年にわたる籠城戦の末、1202年に完膚なきまでに破壊されてしまいました。そして、住民は街を追われて各地に散り、その記憶は長く語り継がれることとなりました。 原発事故という未曾有の災禍により、住み慣れた土地を離れざるを得なかった人々が避難先で経験した、出会いと別れを通して生まれた《ひとてま》。現在、当館で展示されている《ひとてま》は、福島をはじめ、2011年以降各地で交わされた握手の痕跡によって構成されています。約3,000を数えるピースはそれぞれ、折々の出会いやふれあい、つながり、あるいは別れの記憶をその身にまとい、新型コロナウイルスの世界的パンデミックのただ中にあって、奇しくも当館とイタリアの小さな礼拝堂をつなぐこととなりました。茨城で、そしてセミフォンテで展示されている「握手の痕跡」は、時空を超えて、人々の邂逅や別離、離散、土地との別れといった記憶を呼び起こします。そしてまた、「過去」に目を向けさせるだけではなく、誰も経験したことがない不確実極まりない「現在」の、さらにはコロナ禍の長いトンネルをくぐり抜けた後に訪れるであろう「未来」における人と人との関係性について、様々に思いを巡らす機会を我々に与えてくれるのではないでしょうか。*イタリアは11月に再び各地でロックダウンに入ったため、オンラインで現地の様子を公開中です。塩谷良太の hito.te.ma インスタグラム もしくは、「ひとてま」特設サイト をご覧下さい。 また、セミフォンテのHP(イタリア語)で《ひとてま》が紹介されています。(2020年12月12日)