備忘録10. Weingut Clemens Busch
トロッセンの次はクレメンス・ブッシュに向かった。
キンハイムからユルツィヒを抜けてピュンダリッヒに入る。村の小道は入り組んでいて、どこから川沿いにある醸造所にたどり着けるのかわかりにくい。アポの時間が迫っているのに、そういう時に限って、ただでさえ狭い道路を、ビールの配送車が塞いでいたりする。
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醸造所に到着すると、前で奥さんのリタ・ブッシュさんが待っていた。クレメンス・ブッシュもまたモーゼルを代表するビオの生産者で、1970年代に有機栽培をはじめた草分け的存在だ。トロッセンとは80年代はじめから一緒にビオ農法の勉強会をやっていて、その他の仲間とあわせて8人で「オイノス」という、ローカルなビオ団体を結成していた。
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ブッシュが有機農法を始めたのは1975年。父のもとで修行していた74年に、その父が病気になり、2haの畑の世話を任されたのがきっかけで農薬の使用を止めた。当時17歳だった。そういえば、数日前に訪れた南ファルツのスヴェン・ライナーも、父が病気で倒れたのがきっかけで、ビオに転換したのと同じだ。
ドイツではこういうパターンが多いらしい。1950年代から有機栽培をはじめたラインヘッセンのザンダー醸造所も、当時のオーナーの祖母が体調を崩す原因が、どうやら農薬を使った牧草を食べた牛の牛乳にあることを突き止め、農薬や化学合成肥料から脱却することにしたという。近所にたまたまビオディナミに取り組む農場があって、その指導を受けながら導入したそうだ。
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ブッシュでは、ビオ導入の契機は父の病気だったが、その背景には1968年の学生運動がある。高度経済成長と工業化の反動から「自然に還れ」という主張が高まり、原発や公害、酸性雨などが政治問題となり、緑の党の結成につながっていくが、ドイツのビオの初期の生産者達は多かれ少なかれ、この政治的な動きに共感している。健康被害から芽生えた問題意識が、やがて環境保護運動へと育ち、葡萄畑の生態系のシステムの再生が目標となる。ただ気を付けたいのは、ドイツでは、健康にいいからビオ、というのとはちょっと違っていて、食べて安心で高品質なのがビオである。ワインの場合、Bekömmlichkeitという訳しにくい言葉があって、飲み心地が良いとか、体にかかる負担が軽いとかいった意味だが、それがビオワインには使われることがある。
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さて、初期の当時のラディカルさを今も感じさせるのがトロッセンだとすると、ブッシュはオーセンティックな生産者に、ある意味で成長したと思う。どちらもビオディナミだが、ブッシュは亜硫酸無添加には慎重で、ロー・サルファーという減亜硫酸キュベをつくっていて、総亜硫酸量は45mg/ℓ前後。ノーマルなキュベだと総亜硫酸量約100mg/ℓで、「必要最低限」使っているという生産者の辛口の使用量におおむね近い。減亜硫酸キュベの亜硫酸使用量は確かに少ない。が、トロッセンのプールスよりは、良い意味で普通のリースリングで、他のキュベに比べるといくぶん肩の力が抜けている感じがするが、ノーマルと一緒に試飲しても違和感はない。
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ドイツ人の場合、品質保証に重きを置くので、とにかく必要十分な(必要最低限ともいう)量の亜硫酸を添加することが多い。輸送中の環境変化や、ショップの状態に幅があっても、醸造所で生産者が責任を持って醸造したクオリティを、消費者に届くまで維持するのに必要な、品質に責任を持てる状態でリリースするべきだと考えている。それと同時に、添加しすぎはよくないと考えているので、大抵の生産者は遊離亜硫酸量30mg/ℓをちょっと超えるあたりを目安にしているようだ。
ブッシュはドイツ的な良心を備えた生産者だ。ワインの完成度は非常に高く、モーゼルの辛口リースリングのお手本のような、土壌の個性を上品に反映したワインをつくっている。畑には青、灰色、赤の三種類のスレートの区画があって、精妙で奥行きのある青、構成のしっかりした灰色、華やかさと親しみ易さの赤というふうに、スレートの個性を知るにはとても良い教材だ。複雑で、調和がとれて、落ち着いている。
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選果を手作業で厳密に行い、2014年は80%を使えないとして捨てたという。確か10月の3週目まで待っていたと記憶している。その週は気温が上がって雨が断続的に降っていたので、傷みによる損害が大きかったのだろう。醸造は野生酵母で、伝統的な木樽で必要なだけ時間をかけて発酵し、時にそれは2年近くに及ぶ。古木も多い。
日本ではいまひとつ受け入れられていないようなのは残念だが、ある意味、世界のどこのワインとも似ていない、独自の世界を持つドイツのリースリングを体現したようなところがあって、それも無理はないかとも思う。生真面目な感じがするからかもしれない。
(つづく)