アンバー・レヴォリューション
昨年10月、”Amber Revolution- How the world learned to love orange wine”を出版したシモン・J・ウールフ氏とロオジェの井黒氏によるオレンジワインセミナーが、アカデミー・デュ・ヴァン青山校で開催された。ウールフ氏からの一方通行ではなく、井黒氏の問題提起と出席者からの的を射た質問、それに12種類の試飲で充実したセミナーでした。オレンジワインとは何か?果皮とともに発酵した白葡萄によるワインである。白ワインとオレンジワインの関係は、果皮の使用の有無ではロゼと赤ワインの関係に通じる。前者は果皮を使わず、後者は果皮とともに発酵する。多くの場合、オレンジワインの発酵は温度調整を行わず野生酵母で自然に行われるため、果皮に本来含まれている要素が最大限生かされる。そして歴史的な醸造手法でもある。フリウリやスロヴェニアでは文献に登場するのは180年前だが、それ以前から醸造されていたことは間違いない。ジョージアでもその起源は8000年前にさかのぼることが、首都トビリシ近郊の遺跡で発見されたクヴェヴリから採取された成分が示している。近年のスロヴェニアのオレンジワインブームの一端を担うのは、1844年に刊行されたMatija Vertovec神父の著書”Vinoreja za slovence”の復刻版である。スロヴェニアのためのワイン造り指南書だが、20時間から30日間スキンコンタクトを行うことで、ワインはその味わいと熟成能力が向上するとある。この手法では葡萄のすべてを使って一切を無駄にしないだけでなく、タンニンなどの抗酸化作用で亜硫酸をはじめとする添加物なしでも熟成するワインができる。ところが第二次大戦後の醸造技術の発達と量産化で伝統的製法は次第に隅に追いやられ、1990年代のクリーンでフルーティなワインの流行で人々から忘れ去られようとしていた。しかしグラヴナーやラディコンなど、近代的醸造に疑問を持った生産者達によりその価値が再発見された。だが、彼らが白ワイン用品種で醸し発酵を採用した当初は世間の風当たりは冷たく、認められるまで何年もかかった。オレンジワインについては主に三つの誤解がある。ひとつにはオレンジワインはヴァン・ナチュールであるという誤解。ヴァン・ナチュールには白ワインもロゼも赤ワインもあり、醸造技術ではなく哲学の問題だ。二つ目は、オレンジワインは酸化したワインだという意見で間違っている。意図的に酸化させたのではなく果皮から抽出された色だ。また、フォラドリがノジオラをティナハで醸造したオレンジワインのように、通常の白ワインのように見えるオレンジワインもある。第三に、アンフォラで醸造したのがオレンジワインというのも完全に正しいとはいえない。確かにジョージアではそうだが、コンクリートタンクやステンレスタンクなどで醸造したオレンジワインもある。オレンジワインの醸造手法には大きくわけてコッリオ・メソッドとジョージアン・メソッドの二つがある。前者は開放桶で90日前後発酵するもの。後者は500~2000ℓのアンフォラ(クヴェヴリ)で90~240日間定期的にピジャージュをしながら発酵したもの。いずれもサーブ温度は10~16℃で白よりも少し高めの温度で供出するが、ストラクチャーのしっかりしたものはやや高めの赤ワインに近い温度で提供する。つまるところ、オレンジワインの品質は何をもって良しとすればよいのか?という井黒氏の問いに対して、ウールフ氏は他のワインと同様にバランスやエレガンスが大切だと答えた。醸しによる香味が土地や品種の個性を埋没させないことが肝要で、その点リボッラ・ジャッラは醸し発酵で個性が強められるので向いている、と指摘した。さらに井黒氏はオレンジワインでは醸し期間の長さや醸造容器-アンフォラ、コンクリートタンク、卵型、ステンレスタンク、木樽など-に目を向けて語られるが、普通ワインでは産地や生産年の状況による個性-冷涼な生産年や暑い産地独特の個性-がまず語られるものだ。オレンジワインでも産地や生産年の個性は反映されるものなのか、と問うた。これに対してウールフ氏は、それは赤ワインと同様に考えることができる、と答えた。オレンジワインであってもたとえば2007年のラディコンの軽やかさように、冷涼な生産年の個性をオレンジワインは表現している。それでは葡萄畑の優劣も反映されるのか、という参加者の質問に対して、ウールフ氏は然り、と答えた。ラディコンやグラヴナーが活躍するオスラヴィアのテロワールはリボッラ・ジャッラが栽培されるグラン・クリュに相当するだろうし、ジョージアのカヘティにはキシという品種で知られるグラン・クリュがある。オレンジワインが登場してまだ20年あまりと日が浅いので優れた葡萄畑の評価は確立されていない。そしてオレンジワインの産地は経済的に豊かではない地域であり、ファイン・ワインの伝統がなく、グラン・クリュ、プルミエ・クリュといった評価が生まれにくかった事情も指摘しておく価値があるだろう、と語った。また、オレンジワインに向く品種とそうでない品種の区別はあるのか、という質問に対して、向いているのは果皮が厚く、果皮からフレイヴァ―やタンニンがスキンコンタクトで抽出でき、十分な酸味がそのほかの要素とバランスする品種が向いていると答えた。果皮が薄くてもアロマティックな、たとえばピノ・グリやゲヴルツトラミーナー、ムスカート系の品種も、酸味がバランスすることが前提だが、オレンジワインに向いている。フリウラーノも果皮は薄いがアロマも酸もあり、ラディコンのヤーコットのように優れたオレンジワインとなる。試飲に供されたのは以下の12品目。 1. Mainklang, Graupert PG 2017 (Austria) 2. Foradori, Nosiola “Fontanasana” 2015 (Italy) 3. Piquentum, SV Vital 2014 (Croatia) 4. Guerila, Retro 2016 (Slovenia) 5. Kemtija Stekar, Indi 2011 (Slovenia) 6. Matassa, Cuvee Marguerite 2016 (France)7. Roxanich, Ines u Bijelom 2010 (Croatia) 8. Tetramythos, Agrippiotios Orange Nature 2016 (Greece) 9. Radikon, Ribolla Gialla 2007 (Italy) 10. Sepp Muster, Erde 2015 (Austria) 11. Papari Valley, 3 Qvevri Terraces Rkatsiteli (Georgia) 12. Satrapezo, Mtsvane 2013 (Georgia)以上、ご参考までに。著書を持つシモン・J・ウールフ氏。