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振り返ってみて、幸せのピークは昨年末でした。
ここ数年、続きに続いた幸せと順調な仕事は、今年の年明けから大きく狂ってゆきました。 そして東日本大震災。。 多くの人が、多くのモノを失った年だと思います。 我が家もまた、少なからず損害を被りました。 4月から暫く、病気の頃のような先の見えない生活が続きました。 それでも多くの人に、新たな転機が訪れた年でもあります。 震災とちょうど時を同じくして、1年間で100名まで会員数を伸ばし順調に地域の評価を勝ち得ていたセインツ体操クラブから脱退しました。 現在は埼玉県の朝霞駅周辺に新しい体操教室を創るべく準備を進めています。来年4月開校を予定しています。 私のこれまでの人生と、1年間 代表を勤めて再確認した体操教室の在るべく姿と、旅先で再発見した日本の素晴らしいものを掛け合わせ、より多くの子供たち家族たちが幸せになるための場所を創ります。 震災以降、本当に色々な場所に足を運びました。 最初の頃は心の静養の旅で、そして被災地へチャリティーの旅へと変わりつつ・・、気付いたら次の仕事へ向けた視察の旅となっていました。 掛川・浜松、白浜・熊野・吉野、松島・石巻、塩釜・松島、弘前・青森、台場、江ノ島・七里カ浜・鎌倉、八戸・十和田・陸奥、小樽・旭川・富良野・トマム、浜松・京都・吉野・伊勢・津・名古屋、常陸那珂、伊東、小田原・御殿場・三島、湘南、そして高知へ。 宮城県は松島・石巻に数回。 その後 友人の紹介もあり弘前に「奇跡のりんご」で有名な木村さんの農場を訪れに行きました。世界遺産の白神山地にも足を踏み入れました。 桜の季節には山桜で有名な奈良県吉野を巡りました。震災直後、本来なら世界遺産と桜の名所として国内外を問わず観光客でごった返しているべき時期に、人は まばら・・、外国人に至っては数人しか見かけない、という現状を直視してきました。 9月には台風の影響で甚大な被害を受けた吉野に再びボランティアで行きました。 被災地が・・、という言葉ではもう置き換えられない、日本全域があらゆる打撃を受けていました。 そしてその被害の大きさ、形といったものは、それぞれの土地で、町ごとで異なっていました。それを受け止める人々もまた、一人一人全く違っていました。沢山の人が沢山のことを考え願っていることがよく分かりました。 またその情報自体に誤りがあること。その情報によりまた傷付き、疑心暗鬼が増えてゆくことを身をもって体感してきました。 もうこれまでと同じ幸せはない。これまでと同じ日本はない。そもそも そういった考え方自体が、誰かによって刷り込まれたマヤカシだったことを理解しました。 この日記の冒頭で幸せのピークは昨年で終わったと書きました。 本当のところは新たな気付きです。 日本人として本当の「幸せ」ってのが何なのか、改めて、いや初めて理解したのです。 これまでの形だけの平和や幸せの定義とは違う、本来 人間が求める笑顔あふれる生活を送りたい。自分にはそれが出来る。そのための再準備に1年を掛けることになりました。 この地球の中で、日本人として多くの人に喜んでもらえる居場所を作る。それが今の自分のやるべく使命だと感じています。 来年度から、私自身の本当に幸せな生活が、幸せの人生が初めて始まります。 そんな事を気付かされた1年間でした。 そしてまず自分の幸せから、自分と関わる多くの人に幸せを共有し広げてゆくことを生業としてゆくつもりです。 さて、1年後の自分はどんなことをしているでしょう? 次の日記、また1年後をお楽しみに。。。 2011.11.2. (財)新座市体操協会 代表理事 浅香実津夫 http://www.sick-house.com/found/ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 2, 2011 06:53:36 PM
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