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2024.07.01
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カテゴリ:神社仏閣・御朱印
前回掲載した乙部町の八柱神社から車で北へ5分程度、本徳川の上流の森前地区に鎮座する八柱神社を紹介します。

上の写真は、本徳川の左岸から見た本徳八柱神社の社叢全景です。
周囲は田植えを終えた田圃と民家が点在しており、西側の里山の先には多くの民家が集まる保見団地が広がっています。

上の写真は、大正時代とほぼ現在の鎮座地の違いを示しています。
当然のことながら、この頃は保見団地が造成される前で、猿投山から続く里山が広がる地域で、本徳集落の西外れに神社が鎮座しています。
地図上の鎮座地に鳥居が記されるのは昭和34年(1959)になってからですが、これだけで神社の歴史が浅いとは限りません。

本徳川から見た対岸の社叢と社頭の風景です。
古墳を思わせる小山の上に神社が鎮座し、周囲は杉を中心とした杜に囲まれています。
社頭には神馬像と一対の常夜灯、そして木造の両部鳥居が設置されています。

これは社頭の正面からの眺めです。
鳥居の先から続く石段が境内に繋がっており、拝殿は目の前に見えます。

これは木造両部鳥居から拝殿方向の眺め。
鳥居の扁額は八柱神社とあります。

これは拝殿の前から本殿方向への社殿の眺めです。
左手には社務所があり、正面の拝殿の奥には本殿が見え、その左側には境内社があるようです。

これは拝殿から見た本殿の眺めです。
石垣で本殿域を築き上げ、周囲は透かし塀で囲み、その中に本殿が祀られています。

これは拝殿の側面からの眺めで、桁行3間、梁行2間の瓦葺きで四方が吹き抜けの構造です。
こうして見ると、拝殿というより舞殿が正解かもしれません。

これは本殿の左側から見た本殿域の全景です。
正面には一対の常夜灯があり、本殿に続く石段の両脇には小さな狛犬が守護しています。
左側の塀は一枚欠けてしまったようですが、そのおかげで本殿域の様子を一望することができました。

これは境内の左側にある境内社の眺めです。
右側から順に、水神、豊受大神、秋葉神社があります。
そして、左側には津島神社が祀られています。

津島神社の左側には、岩が積み上げられた高台の上に、山丸三の紋が刻まれた霊神碑が立っています。

これは境内社から見た社殿の全景です。

これは本殿の左側から見た本殿域の眺めです。
本殿の左側には石の祠がありますが、詳細は不明です。 本殿は銅葺きの屋根を持つ一間社流造りで、細部の意匠は控えめですが、鬼板には右二つ巴の紋が施されています。

本殿の正面から見た本殿域の眺めで、中門はなく本殿域全体が一望できます。

これは石段の脇にある小さな狛犬です。
残念ながら寄進年を確認するのを忘れてしまい、その年代は不明です。
手前の常夜灯が昭和24年(1949)に寄進されたもので、狛犬も同じ年代に寄進された可能性があります。

本殿域には三基の石祠が安置されていますが、どれも文字などは確認できず、詳細は不明です。
上の写真は、本殿の左側にある石祠です。

本殿右側の石祠。

猿投山東部の神社には由緒書きが整備されていましたが、南部のこの辺りはそうした由緒書きは整備されていないようです。
ここまで目にした寄進物は昭和のものが目に付きます。
大正15年(1926)出版の西加茂郡誌から本徳八柱神社を調べて見ました。
その内容は以下になります。
「村社 八柱神社
祭神 八王子
創建 不詳
祭日 不明
境内 一反二畝1歩
氏子 二一戸」
と記載されていました。

また、帰り際に社頭の常夜灯の竿の部分に「元禄2年(1689)」の元号を見つけました。
下の写真がそれで「元禄」と読めます。

このことから、創建は江戸時代前期にまで遡る可能性があります。

八王子を祀る八王子神社や八柱神社がこの地域には多く鎮座します。
まだ全てを訪れることはできていませんが、これらの神社の多くは、この時期に各集落ごとに創建されたものである可能性が高いです。

境内から社頭の両部鳥居と常夜灯、神馬像の眺め。
この高台から、江戸時代から今日まで本徳の集落を見守り続けてきたのが本徳 八柱神社です。

八柱神社
創建 / 不明
祭神 / 八王子
境内社 / 水神、豊受大神、秋葉神社、津島神社他
所在地 / 豊田市本徳町森前104
参拝日 / 2024/06/07
車アクセス / 乙部八柱神社から北へ、本徳川に架かる前田橋の手前で左折、川沿いに上流へ、移動時間​約5分
参拝日 / 2024/06/07
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Last updated  2024.07.01 00:00:31
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