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夏希ヒョウの世界へようこそ

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2021年09月05日
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テーマ:ニュース(99438)
カテゴリ:政治経済
​​MONEY VOICE
より紹介させていただきます。

​ブラック企業​というのは「人材を使い捨てる文化」が生み出したものだ。
ブラック企業は、最初から使い捨てるために非正規雇用者を使って非人道的に奴隷労働させる。この使い捨てシステムを定着させたのが竹中平蔵なので、ブラック企業の生みの親も竹中平蔵ということになる。
(『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』)​


​従業員を奴隷のようにこき使い、使い捨てする会社が生まれた。​
仕事というのは、どんな仕事でも困難がつきものだ。ラクで面白くて、役に立って、楽しくて仕方がない仕事ばかりではない。好きな仕事に就いても、時には大失敗し、追い込まれ、窮地に落ち、まわりから批判されるような目に遭う。
しかし、人々はそれでも歯を食いしばって仕事を続ける。どんな仕事でも一定の実績と経験を積まなければ、プロフェッショナルになることができないからだ。あらゆるケースを乗り越えてこそ、一人前になれる。

「仕事を長く続けるのは重要である」という認識はそういう意味で正しい。


しかし、そうはいっても100%それが正しいというわけではない。たとえば、自分の入った企業がブラック企業であったのなら、むしろそこで長く続けるというのは自殺行為でしかない。

ブラック企業は、従業員を育てようとは思っていない。従業員を奴隷のように酷使させて搾取するのが目的だからである。

通常は、長く仕事が続けられるように会社側は配慮するし、そのための福利厚生も用意する会社も多い。従業員は財産だといって大事にしてくれる会社もある。かつての日本型経営の企業は「従業員は家族みたいなもの」という意識で、終身雇用を謳っていたのである。


しかし、時代は変わった。

今もそうした経営哲学を持った企業は日本には多いかもしれないが、そんな会社ばかりではなくなった。1990年代のバブル崩壊を経て、2000年代から日本の社会環境は変わったのだ。従業員を奴隷のようにこき使い、使い捨てする会社が大量に生まれたのである。


​気づいている人は少ないが、ブラック企業の生みの親も竹中平蔵。​
小泉政権に経済財政担当相として潜り込んだ竹中平蔵は、非正規雇用者の拡大を押し進めていった。それによって日本社会も変質し、従業員を使い捨てするようなシステムになった。竹中平蔵はこのように言っている。

正規雇用と言われるものは、ほとんどクビを切れないんですよ。クビを切れない社員なんて雇えないですよ、普通。それで非正規というのをだんだん増やしていかざるを得なかった」​


どこの会社も景気の調整弁として非正規雇用者を取り入れるようになったのだが、やがて「最初から労働者を使い捨てにする会社」も出てくるようになったのである。
そうした会社がブラック企業と呼ばれるようになった。
ブラック企業というのは「人材使い捨て文化」が生み出したものなのである。足りない人材を補うために非正規雇用者を活用するのではなく、非人道的に酷使して使い捨てるために非正規雇用者を使う。


気づいている人は少ないが、労働者を使い捨てるシステムを定着させたのが竹中平蔵なので、ブラック企業の生みの親でもある。ブラック企業は竹中平蔵の進めた非正規雇用とともに日本社会に定着した。


ブラック企業の労働環境は悲惨だ。

最初から使い捨てする人材なので、企業は無理難題・過重残業・パワハラで従業員を奴隷扱いする。

そうやって、合わない仕事、長い拘束時間、無理な納期、激しい圧力をかけられ続けると、人は精神的にも肉体的にも壊れていく。

しかし、「仕事は真面目にしなければならない」と思う人は、ブラック企業であったとしても、そんな簡単に辞められるわけではない。

会社の恫喝や命令やパワハラや無理難題に萎縮して言われるがままになるのと、すぐに辞めるような行為を繰り返していると「次に働く場所がなくなってしまう」と恐れる気持ちもあるからだ。

家族がいる人は家族を食わせるためにも辞められない。自分の信用のためにも、生活の安定のためにも、辞めたくても辞められない。
「辛くても耐えなければならない」と考えて、ブラック企業に良いように搾取されていく。


​ブラック企業のように悪質な会社は消えることはない。​
ブラック企業ではない普通の会社で働いていても、合わない仕事であればストレスになるだろう。そのストレスは、小さなダメージが波状的に襲いかかって真綿で首を絞められるようなイメージである。
あるいは、それはボディブローにも例えられるかもしれない。腹部を執拗に打たれ続けるのはノックダウンにつながらないのだが、少しずつ体力が奪われて最後には動けなくなっていく。

毎日毎日、仕事を続けることによって自分が追い詰められているのが分かっていながら、そこから逃れられない。


何かしらのしがらみや、金銭的な事情や、惰性や、あきらめに飲まれて、「地獄」にそのまま居続ける。仕方がない、と思ってしまう。

そして、自分が病んでいくのを分かっていながら避けられず、気がついたときは手遅れになっている。


しかし、ブラック企業のほうが最初から大きなストレスとダメージで襲いかかり、一気に潰されるのだ。極限まで酷使されて潰され、使えなくなったらゴミのように捨てられる。ブラック企業は最初から潰す気で従業員を使う。


こうしたブラック企業のように悪質な会社は消えることはない。

従業員なんか使い捨てて、壊れたら捨てて代わりの人間をまた非正規で連れてくればいい」と考える経営者は山ほどいるからだ。​

そうしたブラック企業では誰もが消耗し、疲弊する。そこは人間のいる場所ではないのである。長く続けても何ら実りがないばかりか、心身ともに消耗してしまう職場がブラック企業である。

「人間のいるべき場所ではない」のだから、そこにいればいるほど人生を無駄にすることになる。しかし、分かっていても辞められない。


​地獄でも我慢しているのは、そのほとんどが収入の問題。​
耐えられないような重度なストレスで自分が潰れる結末が見えているのであれば、それは自分の世界ではない。自分の居場所ではない。そうだと悟ったのであれば、そこから抜け出せるのが最適の選択となる。

環境のほうを変えるように努力するという生き方もあるが、その世界に自生を捧げるつもりがないのであれば、それ自体が苦痛の人生になってしまう。

だから、基本的には自分がしたいことができる場所に行くのが正しい。他人にとって何でもない世界でも自分が地獄と感じるのであれば「そこから抜け出る」というのが正しい答えになる。

ブラック企業で奴隷扱いされているのであれば、実のところ早く辞めたほうがいいのは当然だ。潰れる前に飛ぶほうが、潰されて再起不能になるよりマシだからである。
もちろん、それは口で言うのはたやすいが、実際は「苦渋の決断」になるのは間違いない。ブラック企業であるとはいえ、そこに生活基盤がある場合、抜け出すことによって明日から大変なことになる。

「せっかく入った会社を辞めるのか?」
「辛いのはお前だけではない」
「我慢して一人前になるんだ」と批判されるだろう。


辞めても先の見通しが立たずに、強い不安にさいなまれるのは必死だ。
多くの場合、収入が途絶えることがネックになり、そこから抜け出す決断ができなくなる。
地獄でも我慢しているのは、そのほとんどが収入の問題だ。


​「人間には足があって移動することができる」​
金のために生きているわけではないといっても、金は切実な問題でもある。だから、誰もが行動が鈍り、地獄に残ることになってしまう。慎重な性格の人であればあるほど、身動きできずに進退窮まることが多い。
しかし、状況が好転する見込みがない仕事や環境であれば、自分の致命傷にならないように一刻も早く逃れる決断をすべきなのである。

「人間と植物が違うのは、人間には足があって移動できることだ」といわれる。辞める決断は、時には重要だ。

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最終更新日  2021年09月05日 21時04分42秒
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